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呼吸の仕方

お腹にやどる初めての命。知らない場所。なれない人。何もかもが初めてで何をするにも緊張していた。
  しっかりしないと。いい子でいないと。頭の中はそんな事ばかり、私はいつからこうなったのだろうか。
  愛想笑いの毎日で私の顔は常に引きつっている。馴れることのない毎日だったがいつかは馴れるそう思っていた。

  子供は産まれたが、私の緊張が溶かれることは無かった。
  ちゃんと躾ないと、泣かせないように、しないと…。毎日そんな緊張の中、自分が少しずつ壊れていることに気づくことは無かった。

  泣き声にうるさいと怒られ、ちゃんと躾しろ!と罵られる毎日。
  子供を寝かせお風呂に入りシャンプーをつけたところで泣き声が聞こえた。急いでシャンプーを流しているとドアが勢いよく開き「泣いてるぞ!」とイライラした旦那さんの声。
  緊張の続く毎日に心休まる日はなかった。

 私の緊張は子供が成長すると更に酷くなる。家族の真似をしてご飯中に机に足を上げ始めた為、注意すると子供がぐずりだす、すると直ぐに周りから集中砲火。「泣かせるな!子供なんだから叱るな!虐待だ!」そう言われ、躾方が分からなくなった。

  私はダメ人間なんだ…。私がダメなんだ。泣かせないように子供の顔色を伺い、躾方が分からなくなった。
  ご飯を床に落とすと周りの怒られる。口が汚れてると怒られる。フォークを使わないと怒られる。この頃になると私はなにかに怯え暮らしていた。

  子供が産まれてからというもの紫外線は良くないと外に散歩に行く事を禁止され、外出も禁止。買い物は全て他の家族が行なうと家から出る事を禁止された。
  子供とずっと家の中、私の心は壊れて行った。

  ある日、子供を抱え階段を降りようとした時、「このまま頭から落ちたら死ねるのかな。」そんな言葉が頭に浮かんだ。
   直ぐ我に返り言葉をかき消した。
  だが、言葉は何度も浮かんでくる。そして最後はまわる洗濯機を目の前にして「この中にこの子を投げ込んだら私は自由になれる?」とても恐ろしい言葉が浮かんが…。
  …いま…何考えた…私…。

  全身の震えが止まらない…涙が止まらない…やっとの思いで床に子供を下ろた瞬間…呼吸が上手く出来なくなった。パニックになった瞬間、子供の泣き声が耳に入った。

  必死で堪えた。過呼吸になってる暇はない、ゆっくり呼吸して、大丈夫、大丈夫、ゆっくり、大丈夫…。 

  どのくらい時間がたったのだろう…それとも一瞬だったのか…何も分からない。呼吸は落ち着いたもう大丈夫、大丈夫、私がしっかりしないと。大丈夫、いつもの私になった。また笑える。大丈夫。

  心に何度も大丈夫って言い聞かせても大丈夫じゃなかった…子供に殺意を持った自分が怖くなり私は家族が仕事の時間に家を抜け出し精神科を受診した。
   私は殺人鬼なのではないか…1度でもそんな気持ちを持った自分が怖かった。
  診断結果、義理の家族との同居のストレスで鬱病になっていた。薬をもらい1ヶ月の半分は実家に帰るよう言われた。

  実家に帰ることは許されなかった…。私が精神異常者の為、子供が危険なので保育園に昼間預けるという流れになった。
  医者から鬱病の診断書は書いてもらったので保育園にはすぐに入れた。そのまま私は空いてる時間パートをする事になった。

  どんな形でも良かった。外に出れる事が嬉しかった。外の人と接することが出来ることが嬉しかった。
  慣らし保育の迎えに行き驚いた。子供は全身納豆まみれ…見れば床はおかずが散乱。
  昼食終了直後だった。
  呆気にとられている私を横目に先生は慣れた手つきで服をぬがせ綺麗にしてくれた。

  「汚してもいいんですか?」私の第一声は疑問文だった。そんな私の質問に先生は笑顔で「今は食べたい意志を尊重する時期です。つかみ食べも大切なんです。納豆まみれになれば洗えばいい。床が汚れたら掃除すればいいそれだけです。」
  「汚さないようにする!ではなく汚してもいいようにするんです」家ではレジャーシートを敷くといい。ご飯の後直ぐにお風呂入れると楽。など、様々なアドバイスをしてくれました。

  育児はもっと肩の力を抜いていい。周りの目を気にする前に目の前の子供を第一に見てあげていい。完璧じゃなくていい。「こうしないといけない」はない。親も子供と一緒に楽しんでいい。

  今までダメだと思っていた。だって許されなかったから…。自分を押し殺し良い親にならないとってずっと考えてた。
  そういえば…私…この子と一緒に走り回ることもなかった…。そんなに走るの好きな子って知らなかった…こんなに泥遊び好きって知らなかった…。

  ずっと一緒にいて何も見てなかった…
  「ママ!」と走ってきた子供は園庭から泥団子を握りしめ服は泥まみれ足はドロドロで顔にまで泥が付いていた。
   あまりの汚れ方に笑いが止まらなかった。

  私…笑っていいのかな…この子と生きていいのかな…。

  


#思い込みが変わったこと

  

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