どんだけ楽しみにしてたと思うよ
テレビ台の1番上の引き出しに、えんぴつやボールペンに紛れて肥後守ナイフがあった。
その頃、どの家庭にも肥後守ナイフの2、3本普通にあったと思う。
わが家ではナイフではなく小刀と言っていた。
ボクの所属していた小さなギャング・グループは、いつものように山を駆け巡り、秘密基地を作り、鶴見川のマッカチンを捕まえていた。
もちろん敵に襲われたときに備えて、常に肥後守はポケットに入っている。4歳の弟は万が一に備えて靴下の中に緑色の粘土ベラを隠していた。
ある日みんなで、山から切り出した竹でコップを作った。
ただノコギリで切っただけのコップだが、8歳の伝統工芸師が作った青竹のコップは、しばらくの間、お気に入りのマイカップとして牛乳や麦茶が注がれた。
新たな創作意欲に湧くボクら伝統工芸師は、次なる作品を探していた。
「人間は水さえあれば1週間ぐらい生きていけるんだって」
「水があれば、探検に行って迷っても大丈夫だ。だからみんなで水筒を作ろうよ!」
団地の駐車場で水筒作りが始まった。
まずは、節の5センチ上のあたりを、水を注ぎやすくするためナナメに切断する。
そして、小刀を使って切り口のささくれを削り、滑らかにする。
次に、小刀の尖った先端をくるくる回して水を出し入れする穴を開け、さっそく水を入れてテストする。
8歳の集中力はとても短い。
今は水遊びではない、水筒作りの時間だ。
もどれ!もう少しだ。
最後は、穴に合う栓を作らなければならない。
割った竹をひたすら小刀で削り、穴の大きさに合わせれば完成だ。
「見て見て!」
家に帰ったボクは、渾身の水筒から、お気に入りのマイカップに水を注ぎ、飲み干す。
晩ごはんを作る手を止めさせて、その姿を母に見せつけた。
「日曜日、みんなで探検に行くんだ!」
母は静かに微笑んでくれた。
待ちに待った日曜日の朝、探検の準備をしていると、母から声を掛けられた。
「水筒、これに入れたらどう?」
そこには、母が緑色の毛糸で編んでくれた水筒入れがあった。細長い水筒がピッタリ入る筒状のものだ。長い紐が付いていて肩から掛けられるように作られていた。
やったぜ。
何かおきても肩に掛けていれば両手が使える。探検に疲れたときや、危険にさらされたとき、この水筒の水がボクを助けてくれるはずだ。
そろそろ出発という時、友だちのお母さんから電話があった。
「今日は一緒に遊べなくなりました。」
なんでだよ。なんでだよ。なんでだよ…
どんだけ楽しみにしてたと思うよ…
水筒を肩に掛け、ポケットに肥後守を入れたボクは、ベランダの隅に隠れて泣いた。
悔しくて悲しくて黙って泣いた。
ボクを見つけた母は、何も言わず背中を摩ってくれた。
余計に涙が溢れてきた。
*肥後守ナイフ:(読み ヒゴノカミ) 携帯できるよう「チキリ」とう尾をつけて、刃と柄を折りたためるナイフ,九州南部(特に熊本)で良く売れたためこの名がついた。
*ギャング・グループ:児童期後半、子どもたちは同姓の集団をつくり、集団にのみ通用するルールに従って行動し、結束を高めていくギャング・グループができる。このようなグループに所属することで、子どもたちは協調性や思いやり、責任感や対人スキルを身につける。
*鶴見川:町田市上小山田町の泉を源流とし横浜市鶴見区の河口から東京湾に注ぐ一級河川。
*マッカチン:アメリカザリガニ