【小説】あいつの背負った青空

きっと、あいつは、この果てしない青空くらい大きなものを背負っていた。

<あらすじ>
湊と辰樹は親友で、一緒に作曲をするのが趣味だった。
今日も、五線紙に手書きで音を書き込んでいく二人。
だが、辰樹の様子はいつもと違って……

※この小説は『カクヨム』でも公開しています。


「なぁ、みなと
「ん? どうしたんだ、辰樹たつき
 そう訊いてみたものの、辰樹の手が動いていないのは、なんとなく気になっていた。
「オレたちがやってることってさ……意味、あるのかな?」

「……急にどうしたんだよ。お前らしくないな〜」
「いや、だってさ。オレら、今、作曲してるわけじゃん? 手書きで楽譜を書いてるじゃん? でも、この楽譜をどこかに応募するわけでもねぇし、クラスメイトの前で発表するわけでもないだろ?」
「まぁ、そうだな。適当に作って、適当に弾いて、楽しむだけだな」
 俺がそう言うと、辰樹は鉛筆を放り投げて、机に突っ伏した。
「それってさ、意味あるのかな……いや、作曲がつまらなくなったわけじゃねぇけどさ。なんか、やる意味が見出せないって言うか」
 ……分からないこともない。俺もそう感じる時期があった。
 でも、なかなか俺の意表を突いたな。いつも自分らしさ全開のオレ様キャラである辰樹から、そんな話をされると少しだけ違和感がある。
 俺と辰樹って全然違う人間で、考えていることも感じていることも違うんだろうな……と思っていたのだが。
 案外、似たようなことを考えているようだ。
「そう思うときってあるよな」
「モラトリアム? っていうやつ?」
 笑いながら、カッターを手にした辰樹は席を立った。そう、辰樹はカッターで鉛筆を削るタイプだ。
 ふと視線を落として、あいつの楽譜を見た。
 あんま楽譜に詳しくはないが、いつもの調子でスタッカートを打ちまくっていることは分かった。
 部屋の隅にあるゴミ箱の前でしゃがんで、シュッシュッとした音を立てている辰樹の後ろ姿。そっと視線を向けるも、いつもより元気がなさそうだった。
「……でも、俺は、結構意味があると思ってる。今を楽しむことは、大人になっていくこれからの中で、落ち込んだ時や辛い時に支えてくれる思い出になるからな」
 そんなことを言って、俺は自分の楽譜を机から拾い上げる。
 兎にも角にも今が楽しければそれで良い、そう思うところが俺にあるのも意味を感じる原因の一つかもしれない。
「思い出か……」
 俺の方を向いた辰樹は、少し柔らかい表情になっていた。
「お前はさ……大人になって別々の道を歩んで、オレとほとんど会うことが無くなったとしてもさ……」
 カッターの刃をしまいながら、口を開く。

「オレのことを覚えていてくれるか?」

 辰樹らしかぬ物言いに、俺は少し戸惑ったわけだが。
 それでも、あいつの質問に対する答えは変わらない。
「ああ、もちろんだ。俺たちは親友ってやつなんだから当たり前だろ?」
 そう言って、俺は笑って見せた。
「そっか、サンキューな」
 辰樹も呼応するかのように笑っていた。


 それから3年が経った。
 今、俺の目の前には、晴々とした青空が広がっていて。日差しが眩しいながらも、肌寒いのがよく感じられた。
 そろそろ大学受験やら卒業式が近づいてくるこの頃だ。

 3年前のあの日以来、辰樹は周りの人と喧嘩することや学校を休むことが増えた。中学校を卒業して、高校生になってからも。
 以前の辰樹より大人しくなったように見えて、俺は少し……いや、かなり心配だった。
 何回か困ったら頼るように辰樹に言ってきたが、辰樹は自分の悩んでいることを話すことはなかった。

 だから、俺は未だに知らない。
 あの時の辰樹が何を背負っていたのか、何に悩んでいたのか。
 そして、今の辰樹が何を背負っているのか、何に悩んでいるのか。

 だけど、辰樹は……どんな時でも、俺の前では笑っていた。
 いつもより、少しだけ明るい声と口調で。

 あいつが何を背負っているのかは分からないけど。
 きっと、あいつにとっては、今目の前にあるこの果てしない青空くらい大きなものなのかもしれないな。
 ……たとえ、傍らから見たら些細なことだったとしても。

「……元気か、辰樹」
 俺はそっと隣にいる辰樹に声をかけた。
「まぁな……」
 少々ぐったりとした声だが、そこにはどこか爽やかな顔をした辰樹が寝転んでいた。
 でも、その後すぐに、
「さて」
 と、芯の通ったような声が聞こえた。
「今日も、作曲しにいくか?」
「ああ、いくぞ」
 少しだけ青空を見上げ、歩き出す辰樹。俺も遅れを取らないように立ち上がった。
 俺は、その時にあいつの後ろ姿を見たわけだが。
 あの日とは違って、頼りのある強い背中をしていた。

 この先も背負っていくものが多いだろうけど、きっと俺たちならやっていける。
 こうやって一緒に作曲し合う仲も、永遠に続くことは無いかもしれないが。それでも、結構長く楽しめるんじゃないかって思う。

 たとえ、大人になって離れ離れになっても、俺はあいつのことを忘れることはまず無いだろう。


「なぁ、湊」

「ん? どうしたんだ、辰樹」

「……これからも、よろしくな」

「ああ、こちらこそ」

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