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デジタル通貨の響

■何のための地域デジタル通貨か

 各地域での「デジタル通貨」という道具のチャレンジがいくつか始まっている。現状としてはいくつかのパターンがある。「商品券」として町から住民に配られるもので、発行額が1億円程度から数十億円まであるもの。「地域通貨」として転々流通を目指し、流通量が数十億円規模になる事例もある。一方、そのシステム運用費用は数百万円程度から数億円規模まであり、一括りに地域デジタル通貨と言っても幅が広い。

 最初におさえておくべきは「この道具を何のために使うか?」である。「商品券」ということであれば、地域の店舗支援のために道具を使う(紙では「配布が大変」「印刷コスト」などの課題があるためにデジタル化する)。「地域通貨」となると、地域内経済循環のために道具を使う(紙では「偽札対応」「強度」「発行量管理や帳簿が大変」などの課題があるためにデジタル化する)が目的とされる場合が多い。前者は比較的簡単であるが、後者は非常に難易度が高い。地域内経済循環への挑戦は過去にも繰り返されてきたが、現実化されているものが少ない。

なぜ地域内経済循環が起こらないのか?について考えたい。過去に避難解除区域でのP O Sデータ解析を行なった際に、チェーン店の競争力の高さを目の当たりにした。経済的合理性によって地域経済循環が起こっていない現状に対して、地域通貨という道具が入るだけで現状が改善することはない。難しい領域での「地域内経済循環のために地域デジタル通貨を使う」では、地域デジタル通貨を使うことが目的になる可能性が高い。「この道具を何のために使うか?」を各地域で議論することが大事である。

 福島県磐梯町の事例では。「商品券」として発行した後に、「地域通貨」としての活用が始まっている。町のテーマである「誰もが自分らしく生きられる共生社会の共創」を実現するために地域デジタル通貨が導入されている。町民の意見を取り入れてシステムを柔軟に入れ替え、住民参加型でデザインや名称が決定されている。住民だけではなく、町外の方々がふるさと納税等での活用が可能となっており、共創できる状態をつくっている。このように、道具を導入する際には地域の現状を把握して「何のために使うのか?」を明確にする必要がある。


■実証実験から実装へ

 2016年より会津大学、東京大学、国際大学GLOCOM、ソラミツ社の4者での共同実験をおこなっている。きっかけは東京大学大学院情報学環田中秀幸先生からの相談「国からのお金が地域で循環しない課題(漏れバケツ理論)があり、その解決のためにも実証実験を行いたい」というものである。都市経済学者のジェイン・ジェイコブス(Jane Jacobs)が「発展する地域・衰退する地域:地域が自立する経済学」の中で、各地域が自律的に発展していくためには何が必要かという議論をする中で、「衰退の取引」ということを書いている。お金の集まる中央から各地域にお金を還流することが、場合によっては自律的な経済発展の妨げになるのである。つまり、地方が中央からお金をもらうことだけが目的になるような取引になる。それが地方の衰退につながるということで「衰退の取引」を彼女が指摘している。各地域が自律的に発展していくためには、地域と地域の間の調整メカニズムが必要で、地域の経済圏ごとの通貨という発想がこの本で述べられている。

 この実証実験にはポイントが3つかある。一つ目はデータ取得による「見える化」である。地域内経済循環を測り状況を定量的に把握すること。例えば、お茶文化により和菓子屋、着物屋、お茶屋が儲かるという関係性があるように、経済の流量の見える化を行う。中央からやってくるお金の総量ではなく、地域内で循環する流量に注目することで自律的発展を促す狙いがある。二つ目のポイントはブロックチェーン技術を使うことで「グローバルで使えるもの」である。ビットコイン等の暗号資産ではない技術の使い方を世界に提案し、グローバルとローカルを繋ぎ調整メカニズムの実験を行う。三つ目は「オープンな仕様」である。世界的な組織によって作られた標準的な基準(オープンな仕様)に準拠することで、世界中の台帳がつながる世界を目指した。インターネットは世界中のホームページがハイパーリンクという方法で繋がったことに大きなインパクトがあったように、台帳同士がリンクすることに意味がある。スマートコントラクトと言われる処理、契約(コントラクト)がプログラムによって自動的(スマート)に実行されるものがある。台帳同士がつながるとスマートコントラクトが可能となる。これにより世界中にある煩雑な事務手続きを自動化させる可能性がある。「技術の結果、人間の負担が増える」「人間が介在すると不正の温床になる」といったことを避けるためである。

 2016年実証実験の歩み。ソラミツ社に多くの会津大生が関わり、ブロックチェーンのオープンソース(プログラムが無償で公開されており、世界中の有志のプログラマが継続的に関わることができる)であるirohaの開発。10月に世界的な標準規格であるHyperledgerプロジェクトに採択。11月会津地域で開催された「もえ祭」にてイベント内通貨の実証実験。

 その後ソラミツ社が2019年に商用版が開始、2020年10月カンボジアの中央銀行が発行する通貨として運用を開始、世界初のデジタル通貨となった。「見える化」「グローバルで使える」「オープンな仕様」といった当初の目標を達成している。

 

■学内通貨白虎

 会津大学の食堂を運営しているスチューデントライフサポート社と一緒に2017年に開発したのが学内通貨白虎となる。「この道具を何のために使うか?」に対する答えは「手数料1%未満決済の実現」でした。例えば利益率が5%のお店であれば、手数料3%でもインパクトは大きい。これを地域の小さな商店でも使える手数料にすることを目指した。思えば、日本における決済は階層構造をしている。日本銀行が運営する日銀ネット、各銀行が持つシステム、さらにクレジットカード会社、今ならばPay系のシステムもある。各プレイヤーが自前のシステムを維持するために手数料を取っているとしたらどうだろうか。例えば、日銀ネットだけになって、そのシステムに各々の事業者がアクセスするとなれば、余分なシステムが減るのではないだろうか。これを実現させるために、ブロックチェーンのオープンソースirohaを活用して(食堂が管理運営する)決済システムを導入した。これはカンボジア中央銀行が一つのシステムを持ち、各銀行がそのシステムにアクセスする構図と同じである。

システムを自前で持つメリットは、手数料を抑えつつデータを保持できることにある。データを保持できるということは広告がうてる。学内であれば学生向けの広告収入を得て、システムの運用費に充てることも可能である。この概念はのちに伝搬し、多くの事業者が独自の決済システムを持ったことは記憶に新しい。2022年現在、この仕組みはデジタルプラットフォーム社のデジタル通貨・分散型ID発行「LITA」となっている。オープンソースのままでは、エンジニアが必要になるために、このようにパッケージ化して簡単に使えるように提供されている。


■課題

現状で感じている課題が大きく3つある。まず一つ目は、各地域が別プラットフォームで実施していることだ。協調領域と競争領域が分かれておらず、プラットフォームの領域で各事業者が競争している。自治体の基幹業務が約1700自治体でバラバラになったように、集まるデータもバラバラになる可能性が高い。理想としては、協調領域であるプラットフォームを国が担当し、その上での運用について各地域が競争できる状態が望ましい。協調領域で集められるデータは、各地域で展開する際の基礎データになる。全体の施策がより良くなることを担保しつつ、各地域にあった施策が検証可能になる。

二つ目はデータ活用。これまでの自治体は、データを集めることはしてきたが、活用が薄い。(個人情報を取得せずとも)各地域では集まったデータを解析して、地域での経済循環を見ながら施策を打てる状況が望ましい。自治体や国がうった施策が有効であったかどうかについても定量的に測量することができる。地域がモノサシをもつことで、経験と勘を脱却して地域を科学できるようになる。

最後に、毎年の事業費を各々の自治体が捻出し続けることが可能か問題。場合によっては数千万円かかるシステムを自治体単体で維持するためには、ビジネスモデルも含めて検討する必要がある。しかし、それは可能なのだろうか。予算としては、健康や環境といった別施策と絡める手もある。他地域と広域で活用しないのであれば、他領域と共有することで単体の負担を減らす必要がありそうだ。


■運用も含めて考える

単純な経済的な競争では日本円(法定通貨)に対して勝てない競争をすることになる。日本円と違うユニークな価値交換を実現しつつ転々流通を行うためには、長期間使い続けられる運用体制やランニングコストもまた必要である。通貨の仕組みは継続性が重要となり、継続しない通貨を信用されず転々流通しない。

 「商品券」や「地域通貨」の運用のためには、店舗負担(〜3000円程度)、手数料(0.5%〜)、店舗側入金タイミング(毎週、毎月、申請から数日)といった決め事も重要となるが、この数字が大きいほど持続可能性に影響がある。現在は自治体での運用がほとんどであるが、地域の経済循環を司る機関(地銀や信用金庫など)が運用できれば、法律的な課題をクリアしやすく、行政区が関係ないので広域での展開が可能となる。これまで地域から搾取されてきた手数料やデータを地域で守ることで、さらなる経済循環を期待したい。

ユニークな事例の一つとして、面白法人カヤック社が提供する「まちのコイン」がある。日本円(法定通貨)と切り離された仕組みであり、様々な規制に縛られることなく自由な発想で運営ができる。来店のきっかけとすることで経済的効果を産見つつ、フードロスやゴミ削減などSDGsへの貢献といった「何のため?」をはっきりさせた価値交換をデザインすることができる。さらに、運営しているカヤック社がゲーム制作会社でもあることも大きい。ゲーム内の経済循環をデザインしてきたノウハウがある。「まちのコイン」は多くの地域で活用されており、ノウハウの共有も進んでいる。技術的な仕組みが魔法の杖のように結果に結びつくことはなく、全国的なノウハウの共有が重要なプラットフォームになる。


■まとめ

「衰退の取引」改善のために取り組んできたことが、「衰退の取引」を助長させるような取り組みになっていないか不安が残る。必要なことは、地方が中央からお金をもらうことではなく、自律的な地域運営ができることにある。いまいちど「この道具を何のために使うか?」について考え、データの見える化と活用、法定通貨とは違う価値交換の仕組み、横の連携が重要である。通貨という道具は不幸を減らし幸せを増幅させる道具であるべきだ。

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