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命をいただく瞬間を経て。

フィンランドで、命のありがたみを改めて深く深く考えるきっかけとなった経験がありました。フィンランド人の友人の仔牛の屠殺をしました。彼らの姉が酪農家なので、そこで生まれた仔牛を彼らが買い取り、夏の間にサマーコテージの横の森で飼育していたそうです。そして、秋、わたしのホストファミリーに屠殺の手伝い依頼がかかったので、私も参加させていただきました。私のホストファミリーは、食べるの大好きで、何でも自分達でやったりする人々なので、手伝うのは、もちろんのこと、いかに無駄の無いように内臓を取り出して、調理するか議論していました。彼らは、美食の街、リヨン地域の出身です。リヨン料理「ブション(Bouchon)」は、動物の内臓や頭、全ての部位を何でも余さずに調理します。今では、内臓や頭を食べるといったイメージから、その食文化は廃れてきているとのこと。しかし、無駄なく全ての部位を食べることは、動物の命に対する感謝を表すことを可能とするのではないのでしょうか。日本の、もったいない文化と通じるところを感じました。

リヨンのブション料理(上:白身魚のスフレを焼いたもの。下:豚の内臓のソーセージとクリームソースで焼いたもの。)

では、当日どのような流れで屠殺を行ったのか記していきたいと思います。具体的な内容を読みたくない方は、ご遠慮ください。今回は、記憶の記録として残しておきたいと思いました。
場所は、フィンランドの森の中。というのも、彼らのサマーコテージの脇でした。水道もないので、湖までバケツで何度も水を汲みに行く必要がありました。すでに、そこが清潔なトサツ施設のような場所ではないことにお気づきでしょうか。しかも、4人で2頭を一日で行ったので、かなりインテンシブな経験でした。私は、ほとんど見ていることしかできませんでした。まず、一頭ずつしか捌くことができないので、その場まで一頭連れてきました。そして、屠畜銃で眉間のあたりを撃ちました。そして倒れた牛の喉元の動脈をナイフで切ります。数秒前まで愛くるしい輝いた目をした仔牛は、みるみるうちに弱々しく悶え、息を引き取りました。その間に、首から流れ出る血は、料理用にバケツにためていました。たまった血は、すぐにかき混ぜなければ固まってしまいます。なので、仔牛を吊るして捌く彼らの脇で、私はひたすらバケツに入った血を泡だて器でかき混ぜていました。吊るされた仔牛は、鋭いナイフで皮を削がれ肉があらわになっていきました。千波に、この毛皮は、よくヘルシンキのお店で見かけるような、毛皮のマットを作るために、湖でよく洗ってから塩漬けにされました。毛皮を取り除いたら、腹部を割って、内臓を取り出します。開いた瞬間に、重い臓器がすべり落ちてきました。今回は、調理するために、心臓、肺、肝臓、腎臓、胃、腸、また乳牛にはならない牡牛だったので精巣も取り出しました。私は、彼らが取り出していった臓器を、洗ってビニール袋に詰めていきました。
ただ、残念ながら、時間の制約もあり、一頭分の胃と腸は確保しましたが、洗う作業の大変さから二頭目のものは処分する選択を選ばざるを得ない状況でした。フィンランドでは、日本やフランスに比べて、動物の内臓を食べる文化がありません。なので、内臓は処分されることが多いそうです。また、今回のように個人的な家畜の解体が許可されているので、自治体が廃棄物として処分してくれるそうです。しかし、それにかかる費用は約250€、つまり、約3万円以上を食べる部位を処分するのに払わなければならないとのこと。フィンランド人の友人は、自分だけだったら内臓は確保せず、処分する予定だったと言っていました。
ホストファザーとその友人がひたすらに、骨を外して捌いて行く横で、わたしは、仔牛の頭の毛をむしるように抜き、ホストマザーは胃と腸を当たっていきました。凹凸が激しい頭の毛は、ナイフを利用しながら手でむしっていくしかありませんでした。熱湯に着けたら、比較的抜けやすいので大鍋に頭を入れてひたすらに毛を抜いて行きました。
胃と腸は、内容物を取り出してから、ブラシとお湯を使ってゴシゴシと上皮を剥がしながら洗っていきます。お湯の温度も73℃で、上皮がきれいにはがれるということを知らなかったので、上手に皮が剥がれずなかなかに苦戦しました。もちろん、臭いもします。しかし、粗末にせずに食べるためには、洗うしかありません。毛もむしるしかありません。可哀そうと思う余裕はありません。無駄にする前に手を動かせと。

気が付いたら、周りは真っ暗になっていました。妥協できるところまで、処理し終わったのは、夜の9時過ぎでした。
その後、人生で初めて脳みそのソテーを食べました。白子のような感じだったことを覚えていますが、味がおいしかったのかは覚えていません。ただ、私たちが命を奪った仔牛の一部を無駄にすることはできないのと同時に、たとえおいしくなかったとしても、ありがとうと言わずにはいられませんでした。衝撃的であることは、十分承知の上で臨みました。なので、いかにその経験を自分の中に刻めるか必死でした。

仔牛脳みそのバターソテーにレモンを搾って。

スーパーで買うお肉の背景について考えることは、誰もがする行為ではないでしょう。かわいらしい牛のイラストが描かれた牛乳パックのミルクは、施設で育てられた牛から絞られ、工場でパック詰めされ、スーパーに並べられています。その背景について考えることは、容易ではないですが可能ではあります。一歩下がって、想像力を働かせてみてください。


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