2年の夏(野球編)

中学2年のお話。3年が夏に引退し、2年主体のチームで動き出した頃のお話です。監督が熱血監督で、毎日練習、土日も半日練習という日が続きました。入部時に希望ポジションを聞かれ、私は兄が捕手をしていたので捕手希望でした。新体制になると、改めて希望ポジションを聞かれ捕手と伝えましたが、陽キャのまあまあ野球うまい人が「僕捕手がいい」と言ったことで、私は外野と言われました。2年部員は11人。私は主にライトを守ることになりした。しかし、秋になり新人戦(町内の中学が集まり大会をする非公式大会)が近くなると、1年が頭角を現し、1年から3人レギュラーに選ばれ、私もレギュラーから落ちました。勝ちにこだわる監督でしたので仕方ないのかなと受け入れました。

すると、新人戦前の大会でショートとセカンドがそれぞれ2エラーと監督の逆鱗に触れました。すると翌日から「グランス、内野やってみろ」と言われ、練習を始めました。全体練習で外野、フリーバッティングで内野という練習に変わりました。バッティングはさせてもらえませんでした。

大会5日前の練習中、ファールチップが陽キャキャッチャーの小指に当たり、腫れてしまいました。出場は微妙。捕手は1年の子が一人でしたが、1年から捕手で練習していた私に白羽の矢が立ち「グランス捕手やれ」の一言で今度は捕手です。投手がブルペンに入ったら、私は受けに行き、ノックは内野。フリーバッティングは内野でした。

そして、新人戦の初戦(全3戦)、控えスタートで試合は惨敗。2戦目、優勝候補の中学です。すると試合中盤、盗塁を試みた選手のみぞおちにボールが直撃。倒れて呼吸も苦しそうです。監督も様子を見に行きます。救護室に行き、ついに私の出番だと確信し、アップします。内野だなと。すると監督は「代走、中村」え?1年???俺は???

このために準備してきたのです。確かに、中村は交代選手と同じポジションで、野球もうまい。でも、私も練習してきたのに。監督は「勝つためだ」と腕組みしています。結果、試合は手も足も出ず惨敗。

3戦目、監督は「次につながる戦いをしよう。スタメンが若干変わる」というのです。よし!俺だ。しかし名前は呼ばれません。試合後まで呼ばれることはありませんでした。私はチームの為に、準備をしてきた。なのに出場機会さえないのはどうなんだと。でも、この怒りを監督にいう事も出来ないで悶々としていました。

その1週間後、監督に呼ばれました。正直、大会のことが堪えてやる気もなかったように思います。「練習、真剣にやってるか?」と聞かれます。はいと答えたけど「先生にはそうは見えないけどなぁ」と言います。確かに、大会まではがむしゃらにしていたけど、やめた。だって頑張ってもレギュラーになれないし、1年を使われるし。エラーしても次使ってもらえるレギュラー。心は折れていました。

監督は「新人戦の事か?」と聞きます。そうですと答えると「あぁ、ほんよく頑張ってくれたな。嫌な役回りだよな。でも、俺はグランスを秘密兵器だと思っている。あんな地域の大会で出す男じゃない。ここぞという時だそれしか考えていない。」
今のグランスなら
①レギュラーで出さない言い訳じゃないか
②何が秘密兵器だよ。だったら中村出さずに私でしょ
とひねくれてたと思いますが。
その時の私は「秘密兵器!!!ありがとうございます監督」
と嬉しそうに練習に戻り誰よりも声を出していました。

後に、同窓会でお会いした監督に聞いたら「秘密兵器って言っとけばいいかなって。スラムダンクで見たんだよ」最初から出す気ないんかい!!とつっこんだところ「お前、バットにボール当たるけど飛ばないんだもん。守備固めだろなって」という悲しい現実でしたとさ

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