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データや印象から「人」を復元できるか。 読書感想『本心』 平野啓一郎

途中まで、読むのが辛かった。

近未来の話、と表紙の扉にあったが、2040年代の入口、と本文にはあって、思いのほか近々の未来だったからだ。

主人公の母親は、ロスジェネ世代。出産、子育ての中で正社員を退職し、シングルマザーで苦労して子供を育てた。その彼女が、70歳の少し前という設定である。

まさにその母親と同じ世代のわたしにしてみれば、わたしより遥かにきちんと生きてきただろう彼女と、彼女の30歳の息子である朔也が、現在よりさらに苛酷な格差社会で、今にも押し潰されそうに生きているさまを読むのは辛い。

朔也と母親がそんな風なら、このまま進めば自分と娘はもっと悲惨だ、としか思えない。
ほんの数年、わたしの方が年下のような気もするから、彼らより長く苦痛を味わわなければいけないのかとゾッとする。

気候変動、AIといった話題もストーリーに効果的に絡んでいるが、興味より痛みが先に来て、読み進めるのが辛かった。

だから中盤から、朔也の環境が大きく変わっていくと、いかにも小説らしいとか現実味がどうというより、わたしと距離が開いた、と感じてホッとした。
(それもそれで哀しいのだが。)
ともかく、中盤からようやく、小説として読めるような感覚があった。

主人公の朔也は、母親を事故で失くす。生前の母親とのやりとりで引っかかっていたことがあり、彼女の「本心」を知ろうとする。

果たして、ただひとつの「本心」なんて、あるのだろうか。
平野啓一郎の『私とは何か』を読んだ後だと、朔也の行動を追いかけながらそんなことを考えてしまう。

主人公の朔也だって、ときには心にある思いと真逆の選択をしている。
しかし方法が真逆でも、その選択をした朔也の気持ちは全くの偽りでもないし、苦渋の決断でもない。

ライフログ(メールなどの行動履歴や持ち物)や、周囲の人間の記憶、印象を集めてもなお、復元できない部分はあり、ときにそれは本人にすら明確な説明も区分もできず、ゆえにこそ取り返しのつかないひとりの人間であるのだと、そんな風に読める。

世代があまりに重なり過ぎてしまって、しんどい部分はあるのだが、朔也の未来は暗くはないので、読後は落ち込まない…そんなには、落ち込まない。

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