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渡米の予定が一転。コロナ禍で鹿児島に移住した山瀬加奈さんのLOCAL MATCH STORY 〜自分に正直で主体的であることの大切さ。やりたいと思ったことは行動に移して良いと気付いた地域での暮らし〜

移住を経験し、地域で活躍されている人を紹介する「LOCAL MATCH STORY」。
今回は、鹿児島県鹿児島市に移住された山瀬加奈さんをご紹介します。そして、この記事は山瀬さんご本人に執筆いただきました。

私の自己紹介

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山瀬 加奈
神奈川県横浜市出身
フリーランス(パラレルワーカー)

中学と高校時代をアメリカのワシントン州で過ごし、帰国子女である自分にできることとして帰国後は教育業界を中心に活動する。
2020年は海外での留学・就労に挑戦するはずがコロナにより断念せざるを得なくなる。
白紙になった自分の人生をワクワクで埋め尽くすべく、フリーランスにキャリア転換し、2020年9月に鹿児島県鹿児島市に移住。
有機野菜の仕分けのボランティアやごみ拾い活動の主宰など、ゆるく楽しくエコな生活を送っている。

私が移住した地域はこんなところ

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桜島は鹿児島県のどこから見るかで形が全然違うのも、写真のように右側(鹿児島市から見て)から噴火していることと、季節によって風向きが違うので煙の方向が違うこと、そして朝日の登る「ダイヤモンド桜島」や夕日があたって「燃える桜島」の美しさなど、全部移住してから知りました

鹿児島県鹿児島市は、人口約59万人。世界的にも珍しい活火山が生活圏に在る町です。年間1000回以上噴火をする桜島。春夏には鹿児島市のある西側、秋冬には大隅半島のある東側に灰が風と共に流れることから、洗濯物や車の洗車事情などにも大きく影響する「降灰(こうはい)」予報は天気予報と同時に市民は必ずチェックします。地面が揺れると、地震なのか桜島の噴火なのかを確認するために、Twitterを開きながら窓の外を見て桜島をみるのだとか。そんな鹿児島市では、ごみステーションとは別に火山灰を収集する指定された置き場「宅地内降灰指定置場」があり、市民は火山灰を集めて黄色い袋である「克灰袋(こうはいぶくろ)」に入れ、そこに置きます。灰を放置しておくと風に舞って視界を悪くするだけでなく、排水溝に詰まって雨天時に影響が出たりと、色々と大変なよう。ただ、そんな灰の力もあってか、世界一大きい「桜島大根」や世界一小さい「桜島小みかん」など、美味しくも有名な野菜等も採れることも確か。美しい大自然と共生する、都会と田舎を足して2で割ったような、ちょうどよい住みやすい中核市だと私は思っています。

なぜ移住しようと考えたのか

幼少期を横浜と東京で過ごし、中高時代をアメリカのワシントン州、シアトルで働く人たちのベットタウン、湖や森など自然に囲まれたベルビューという町に住んでいた自分にとって、「ふるさと」と呼ぶような地方での暮らしには憧れがありました。今まで仕事やボランティアなどでまちづくりや復興支援など、日本のあちこちに行って活動をしていたほどです。しかし、都会の利便さや、趣味のダンスができる環境や、舞台や美術鑑賞ができる文化の中心地であることはどうしても譲れず、東京から離れられないでいました。そして、2019年に一度自分のキャリアを見直し、自分の意思で海外に留学し就労をしてみたい、と、1年半、もしくはそれ以上、東京どころか、国外に出ることを決めたので、それがコロナで無しになったときに、「移住する」ことに関してすんなり受け入れられたように思います。
最初にアイルランドで3か月を過ごし、アメリカに行こうとしたのですが、アメリカへの入国が延期されてからビザそのものが取消されるまで半年以上様子を見ていたので、なかなか東京でその間に仕事を見つけることもできず、「私の居場所は東京にはないなあ」という悲観的な想いが積みあがってきていたところで、鹿児島にいる知人から「アメリカに行けるまで働いてみないか」と仕事を紹介していただき、そのような働き方があるのか、そのような働き方をしてもいいのか、と蜘蛛の糸を見つけたような気持ちでその話を受けました。なので、移住しようとした、というよりも、仕事をみつけた、というのが、先でした。

移住するまでこんなことありました

「移住する」と決めてからは1か月くらいだったのですが、特に不安や悩みもなく、すべてが初めての体験なので「やってやるぞー!」というドキドキワクワクの気持ちが圧倒的でした。渡米を待っていた頃、英語の勉強も兼ねてNetflixで色々なドキュメンタリー映画を観ていたのですが、中でも特に環境問題に関してやミニマリストについての作品を夢中になって鑑賞し、自分自身の生活を移住を機に見直すぞ!と決めました。そして、「あつまれどうぶつの森」のゲームの実況をYouTubeで観ていた時、動物たちが段ボール10箱でプレイヤーの島に引っ越してくるのを見て、「私も段ボール10箱で引っ越す」と決め、フリマアプリを使ったり寄付をしたりして1000以上の品を手放しました。

ずっと実家に住んでいたので、今回完全に独立をするにあたり、「全決裁権限が自分に在る」ということがとても新鮮で、自分の選択に責任を持つようになって、自分の持ち物を見直して…自分の消費者力が上がったと思っています。後述しますが、実家にいたときは「無理だ」と思っていた・決めつけていた、「地球に優しい生活行動」が移住した後もどんどんできるようになってきました。

移住後のライフスタイル

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鹿児島中央駅からすぐのところに新しくできたLi-Ka Work Loungeというコワーキングスペースでは、鹿児島のお茶や出汁が飲み放題。おすすめです。

最初にお声がけいただいたお仕事は、鹿児島市内にあるコワーキングスペースの運営だったので、オープンしている時間に常駐勤務して、その前後に自分の趣味の時間で過ごす、というスタイルをしていました。今はそのお仕事は卒業し、別の知人友人からお声がけいただいたお仕事を受け、パラレルワーカーとして過ごしています。
具体的には、午前中に家事や趣味、資格などの勉強をして過ごし、午後にフルリモートの人事事務、夕方からオンライン英会話やダンス講師、夜から友人のラーメン屋さんのお手伝い、といった感じです。
曜日でいくと、鹿児島のお店や市の施設などは月曜日がお休みのところが多いので、月曜日に自分もお休みを取れるようにして、週末は鹿児島県内の観光に行ったり、ダンスを習いに行ったり、ごみ拾いのボランティアを主催したりします。火曜日と金曜日は友達の有機野菜の仕分けと配送・配達のボランティアがあるので、仕事が入らない時は手伝いに行く、と決めています。
100%フリーランスとして、パラレルワーカーとして働くことそのものが初めてなので、東京にいた頃とだいぶ生活が変わりました。また、車社会の鹿児島ではありますが市内は市電やバスも通っており、道も比較的平らなので私は基本的に自転車で移動するようにしています。なので、電車移動ばっかりだった東京時代と違い、風を感じ、天候や季節によって全く違う顔を見せる桜島を見ながら仕事場に向かうので、心も体も非常に健康的になったように感じています。

移住してわかった地方暮らしの魅力

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有機野菜の配達・配送の仕分けのボランティアに行っているところで、農家さんたちとみんなで集合写真

正直に生きれるようになりました。自分を着飾らず、そのままの姿を見せています。
なぜかというと、人との距離が近いからです。いい意味にも悪い意味にも取れるかもしれません。偽った自分を見せることができません。コミュニティが狭いからです。
鹿児島に対してお店も観光地も何も知識が全くない自分は、自分で調べるのはもちろんですが、出会う人たちに「移住してきたばかりなんです、鹿児島を全然まだ知らないので教えてください」と聞き、教えてもらった場所に行ったり紹介してもらった人に会いに行ったりすることを意識しました。すると、そこで出会う人たちと、「一度きりの出会い」にならないのです。「知り合いの知り合いは自分の知り合いである」ということ、「先週駅前歩いていたのを見かけたよ」と言われること、別のお店やイベントでばったり再会すること、が本当によくあります。
自分が心を開いていると相手も心を開いてくれるので、ヨソモノながらにとても皆さんに優しくしていただき、困ったことがあると情報をくれたり助けてくれたり、「人ありき」「街=人」と実感することが本当に増えました。最近は自分も歴史や地名を覚えてきたので、相手も喜んで下さり、もっとディープな鹿児島を教えてもらえたりと、より日々が充実してきているように思います。
一人一人との関係性が深くなるので、東京時代異業種交流会に参加したり色々なコミュニティに片足を突っ込んで人脈を広げていっていたころが何だったのだろうと思うようになり、最近Facebookの友達リストを整理しました。笑

また、自治体とも距離の近さを感じるので、市の施設の利用や補助金・助成金を受けたること、市民講座や市主催のイベントへの参加など、情報も自分に届きやすいような気がしていて、だからこそ「鹿児島市民」を実感する機会も多いように感じます。エコの観点からの提案や、施設を利用した時の意見を伝えると改善をしてくださったりと、自治体と市民の距離が近いように思います。
また、仲良い友人が市議員として活動していたり、同じコミュニティ内から市長になった人が出たり、選挙の時期には「駅前のスピーチ聞きに行こう!」「ウグイス嬢やったことあるよ」「〇〇に投票をぜひ!」ということも聞き、政治とも距離が近いようにも感じます。
 私にとっては、この街の規模感や人との距離感が、ちょうどよく、それが東京時代の私の生活にはなかった魅力であるように感じました。

移住先での住まいについて

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朝の太陽の光と風が部屋に入ってくるのが気持ちよいので、窓を開けることが多いです。

たまたまですが、検索して、LIFULL HOME'Sで見つけた物件で契約しました!笑
家賃3万程度を目安に、築年数よりも写真をみて見た目で「いいなあ」と思うところをいくつかピックアップ。そして現地に住む知人にリンクを送り、土地勘から判断してもらいました。「ここだと夜くらいから女性は1人で出歩く場所じゃないかも」「イオンが近くにあるから便利かも」などいろいろとフィードバックをいただき、ある程度絞れてきたところで問い合わせ。「ここは人気物件なのですぐ埋まるんです」と言われた物件に、内覧もせず「じゃあ契約で」と即決しました。結局契約後にオンライン内見しましたが、もう実際に住むために具体的な間取りを聞く時間でした。笑
決め手はキッチンの可愛さと壁紙。普通の家とは違う賃貸に住みたいという想いから、完全に見た目重視でした。月3万円で1R、大きなクローゼットがついており、インターネットが無料で利用できます。築年40年ですが、リノベ物件で全然古さを感じさせません。
引っ越してから気づいたのですが、市の図書館や科学館、市民講座を開講している青少年センターや公民館等が集まるエリアが徒歩圏内にあり、自宅からすぐのところに自転車屋さんとイオンとコンビニと郵便局、市電の駅も2系統両方とも徒歩5分以内、JRの駅にも徒歩7分、お向かいには小学校と神社と町内会の施設があり、立地が生活に困らない完璧な場所でした。また、お隣の一軒家に住む大家さんはとてもやさしく、ご自身の家とアパートに沢山のお花を育てており日々癒されるだけでなく、頂き物やご自身で作られたものなどをおすそ分けしてくださったりと(毎週のようにいただくので「大家さんイーツ」と呼んでいます。笑)、とても素敵な方で、こんなに住まい探しで大当たりを引いてしまってよいのだろうかと思うほど快適で便利な日々を過ごしています。笑

移住先でのお金事情について

正直、最初の仕事の給料が良かったから移住に踏み出せた、というのはあります。
ただ、環境問題やミニマリストについての映画を観て生活スタイルを見直した、自身の出費(消費行動)をがっつり変えたことや、鹿児島の優しい人たちのおかげ・助け合いの結果、最初の仕事を辞めて、全国での賃金ランキングワースト2位ともいわれる鹿児島で「しか」できない仕事を中心に引き受け、普通に生活しています。金額的には人生でワーストですが、自分で選択したことであり、自分である程度選べる自由度があるし、自分の生活は豊かだし、精神面的には今までで一番幸せなのではないかと思っています。
例えば、東京時代はもともと弱い自分の身体に負荷を与えて仕事をしていたこともあり、月1で病院に通うほどで、医療費が控除を受けられるほどになる年もありました。しかし、鹿児島に来てからは美味しい水や有機野菜やストレスフリーな日々のおかげか体調を崩したことがなく、医療費が0円。最近は5年近く服用していた貧血・生理痛予防のためのピルも卒業したのでさらに金額を抑えられるようになりました。
また、前述の通り移動は自転車、ペットボトル飲料は買わずにタンブラーで水道水を飲み、自炊をメインにするようになったので、生活面での細かい出費も抑えられています。
また、今はリモートが進んできているので、東京の仕事を鹿児島で受けることができ在り、鹿児島でも仕事によっては「その人の能力に合った給料」というのが広まってきているので、今から移住される方は賃金面に関してはそこまで地域差を感じずに仕事を探せられるのではないかなと思います。ただ、やはり未だにそこは一般的な転職サイトや求人誌からは見つけづらいので、人脈なのかなあと言う風にも思います。

移住先での暮らしで困ったこと

基本的に困っていません!箱入り娘で自炊経験がほぼ無かった私ですが、有機野菜の仕分けのボランティア先で、農家さんから直接美味しい調理の仕方を教えていただいたり、大家さんから教えていただいたり、と、沢山の人に支えられています。知り合う方皆さんが先輩で先生で恩人です。むしろ、「どうやってこの恩を返せばいいのだろう?」というのが困りごとなくらいです。笑
他にも、台風の時に「携帯の警報が鳴りやまない!怖い!」とSNSに投稿したら、「昔市内で水害があったから洪水マップとかちゃんと見たほうがいいよ!」「風本当に強いからベランダにある物しまっておきな~」など、鹿児島での台風のサバイバル方法や注意事項を教えてくださったり、桜島の降灰についてどうすればいいんだろうとつぶやけば前述の「克灰袋」の入手方法を教えてくださったり、ちょっと体調がよくないかもと訴えるとよもぎ蒸しをしている友人や出張整体師の知人が個別に連絡をくれたり、鹿児島の皆さんが本当に優しくて、色々と教えて助けてくだります。さらに、理解ができない方言の言葉も、同世代の地元の方が通訳してくださったり。とにかく人に素直に助けを求めることの大事さを学びました。
鹿児島市にリクエストするとしたら、公共交通機関、バスや市電で、SUICAはじめ交通系ICが使えないことが困っています。ラピカという独自のカードか現金しか使えず、自動チャージも付帯していないので大きな商業施設などで上限3000円でチャージしなければならないという手間が少し困っています。

ということで、生活面では困っていませんが、文化面で言えば、やはり東京の方がよかったかなあと思うことはあります。自分は前述の通り、東京で森美術館の年パスを持っていたことがあったり、BLUE NOTE TOKYOにライブを聞きに行ったり、ホリプロや劇団四季のミュージカルや有名YouTuberのダンスイベントを観に行くなど、芸術・文化に浸ることが好きなので、そうした開催情報が耳に入ったときや、言い方が難しいですが「レベルの高いもの」に触れたいときに、鹿児島では限られていることや、特に今はコロナ禍の時代なので気軽に東京に行けないことが残念だなあと思うことがあります。鹿児島でも自分を豊かにしてくれるものはたくさんあるので、まったく飽きてはいませんが!

移住後の活動内容について

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世界の音楽とダンスに触れる特別なダンスワークショップを開催した時のもの。

仕事とは別で、鹿児島に来てから始めた活動としては、ごみ拾いと大人の初心者限定のダンススタジオがあります。
ごみ拾いは、自分が住んでいる「騎射場」(きしゃば)というエリアで、毎月第二日曜日の朝9時からごみ拾いをして、10時から環境問題に関連したワークショップやセミナーをゲスト講師のもと無料で受講できるというものです。ワークショップやセミナーは家に帰ってすぐ、地球に優しい生活に一歩踏み出せることを意識して、すぐ使えるものや知識を参加者が吸収できるものを内容として選んでいます。
ダンススタジオは、騎射場の街づくりの拠点「KISYABASTAR」というところに、鏡張りのスペースがあるので、そこを週に1日数時間で借りて、大人でも気軽に楽しく自由に踊れるダンスタイムを作っています。ダンス教室のような進め方ですが、自分はレッスン代をいただかず、参加者にはスタジオ利用代のみ負担いただいている形です。

両方とも、「ごみ拾い」と「ダンス」をきっかけにいろんな人が集まり交流する場を創っていて、自分が鹿児島の色々なところで出会った人たちが目の前でつながるのを見ているとこちらも嬉しいしワクワクするし、何より自分が一番学んだり楽しくできていて楽しいです。

現在の活動を始めようと思ったわけ

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greenbird鹿児島チームのごみ拾いボランティアに初めて参加した時の様子

単純に、自分がやりたい、と思ったことが始まりです。
ごみ拾いは、東京でもずっとやりたかったのですがなかなか重い腰があげられず、鹿児島に来てから挑戦することができ、東京にも支部がある「greenbird」というごみ拾い活動の鹿児島支部に頻繁に参加するようになったのが始まりです。「これなら自分でもできるかもしれない」「自分の住んでいるエリアでも活動を広げたい」と思った時に、かごしま環境未来館という施設でごみ拾い等の活動を行う団体に助成金を出すという制度があることを知り、その制度を活用して講師への謝金にして、自分はごみ拾いをして講師から新しいことを教えてもらう仕組みを作ろうと考えました。
ダンススタジオは、東京で社会人も普通に踊っている環境で過ごしていたことが、鹿児島ではなかなかできないということに気づいたことが始まりです。一通りダンス教室に見学や体験にも行きましたが、一番年上でも高校生がいる中に大人が飛び込んで学ぶ環境ばかりで、初心者には腰が重い場所が多いなという印象を受けました。そこで、大人しかいない場所を作って、毎回単発で終わるので毎週通う必要もなく、よくある発表会やノルマなどもなく、楽しく踊れる場所を創ろうと、騎射場の「KISYABASTAR」のオーナーである友人に相談しました。参加する人がいなければ、自分が自主練をしたい。毎週1回自分が自由に楽しく踊る場所を作りたい。そう思っていました。
両方とも、「それなら、私一人ではなくてみんなでやればいいじゃん」ということで、活動範囲が広がっていったように思います。

現在の活動を始めるまでにやったこと

ごみ拾いに関しては、前述の通り助成金制度を利用しようと決めたので、申請作業を行いました。いざ始めることが決まってからは、greenbirdの鹿児島チームに声をかけたり、自分の周りの人に声をかけて、毎月用意しているトングがちょうど足りるほどの人数の方に参加してもらえています。
ダンススタジオに関しては、スタジオの利用費や広報の意味を兼ねて、クラウドファンディングを行いました。最初に「かなファン」と称し個人レベルで小さなクラウドファンディング企画を行い、自分のコミュニティのクラウドファンディングに対しての理解度をみてみたり、リターンの金額設定が適したものかどうかをみてみたり、と実験してみた後に、実際にクラウドファンディングのプラットフォームを利用し、1か月ほどの短期間で実施しました。結果、ほぼ200%の率で達成することができました。本番のクラウドファンディングでは、鹿児島の美味しいもの・自分が紹介したいもの・サービスをリターンに設定したので、自分のダンススタジオに限らず、鹿児島や鹿児島の良いもののPRにもつながることができたのではないかなと思っています。

今後のプラン

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21年10月に出演した海洋ゴミで作られたドレスのファッションショー『ゴミコレ吹上浜2021』の写真です。私は右から二番目です。

どこに行っても、自分でワクワクを探し、ワクワクしながら過ごすと思っています。
ここまで自分の話をしてきましたが、実は、今お付き合いをしている彼も大きなキャリアチェンジに挑戦をしていて、23年春の就職の予定で資格の取得などに取り組んでおり、彼の就職先・赴任先についていこうと思っています。そのため、あと1年と少し「しか」鹿児島にいれないかもしれないし、これからも鹿児島にいるかもしれない、ちょっと先が見えない状態なのが今の私です。なので、どこにいても、どこに行っても、「今」を全力で楽しむ、それをまず大事にしていこうと思っています。

地方で活動して分かった面白さ、やりがい

自分がやりたいことで行動に移してよい、ということかなと思います。
東京から地方に来て自分が困ったこと、自分がこれやりたい、と思ったことで行動を起こしてみて、そのことを発信してみたら、意外とそれが周りの人にも困っていたことややりたかったことだったりしたことが多いように思いました。
ブルーオーシャンであるということは、他の人たちが誰も手を付けていない、つまりあまりお金にならないものなのかもしれません。でも、お金だけが対価ではないなという、ギフトエコノミーというか、物々交換も普通にあるということは、地方に来て気づいたもう一つの面白さだと思っていて、そこにあえて突っ込んでいくのもありなのかなと思うようになりました。
自分に正直で、自分主体である。私にとっては、それがとてもハードルでもあったし、越えつつある最近の自分はとても人間らしいなと思っています。

移住検討している方へメッセージ

私はずっと地方に憧れもあったし、島や超大自然の中での生活に興味もありましたが、自分にとってはいろいろな意味でチャレンジングすぎると思っていました。そんな私は、「移住したい」が起点ではなく、色々な理由やきっかけがあって一度決めたらすんなりと「移住」を選んでいました。そして、自分を恥じらわず惜しみなく素でさらけ出し、「ハダカ」なスタンスであったこと、自ら自己開示をしていたことで、周りが優しく接してくれたなと。

結局自分に「あ、いまだ」と思うような予感がないのであれば、それは「今が時期ではない」ということなのだと思います。ただ、その時期をひたすら待つのではなくて、例えば旅に出てみるとか、ワ―ケーションをしてみるとか、お試し移住をしてみるとか、仕事を探してみるとか、何かしら行動に移しておくのは、良いのかもしれません。今、こうして、私のつたない移住体験談を読んでくださっているだけでも、何かしらの一歩前進に繋がっていることを祈ります。

もしよければ、
自分の鹿児島への移住体験の備忘録や、地球に優しい生活への挑戦の記録を、noteに毎週ゆるゆると更新をしているので、よかったら是非お読みください。笑

(終わり) 執筆時期:2021年11月

LIFULL 地方創生からお知らせ

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