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望みどおりの進路ではなかったからこそ。

こんにちは。物語のアトリエの安藤陽子です。

4月も残すところ、あとわずか。大人になるとすっかり感覚が薄れてしまいますが、学生さんたちにとっては、新学期がはじまって、まだ間もない時期なのですよね。学校にしても、就職先にしても、望みどおりの場所に行けた人と、そうではない人がいると思います。

私自身も、望みどおりの進路には進めなかった一人です。悩んだ末、最終的には「自分で選んだ」という実感があるので、後悔はゼロです。それどころか、10年、20年と年月を経るにしたがって、「ああ、あのとき、望み通りの道に進めなくて逆に良かった」という思いが強くなっているのだから不思議です。当時は、あれほど悲しかったのに。

私の一番の夢は、演奏家になることでした。大学でも、専門学校でも、音楽さえ続けられれば、どちらでも良かった。しかし、経済的にどうしても難しかったのです。選べないものは仕方ありません。5歳から16歳の夏まで夢中で続けてきた割には(だからこそ、なのかもしれませんが)きっぱり諦めることができました。

道がなくても、想いが消えるわけではない。

高1で「進路」というものをリアルに考える時期になり、経済の壁に直面した私は、あわてて自問自答しました。<音楽の学校に行けないのだとしたら、あなたは何がしたい?> 答えはやっぱり<音楽>でした。学校の専攻が、音楽であろうとなかろうと、音楽は続けていきたいと純粋に思えたのです。
そっか、別に音楽を禁止されたわけじゃないんだから、いいじゃない。そう思ったら、意外と簡単に吹っ切れました。

さらに、<どうしてそんなに音楽が好きなんだっけ?>と自問自答してみると、<自分の感情を自由に表現できるから音楽が好きなのだ>ということに気がつきました。ここで、私の中の「音楽」がいったん抽象化され、「感情表現」という言葉に置き換えられたのです。

そこで、感情表現だったら、音楽だけではなく文章でもしてきたことだし、文章表現について学んでみるのも面白そうだなと、自分なりに思いついたのでした。

いま思っても「しつこい性格だなぁ」と思うのは、文学部に進み、就職活動する段階になって、私の頭に浮かんだのは、またしても「音楽」でした。

なんとかして、ほんの少しでも「音楽」に関われないだろうか。超氷河期であるという自覚もなく、文学部=出版社という発想も一切なく、ただ自分が好きな音楽に関わりたいという理由だけで、芸術文化支援(メセナ)に力を入れている企業(サントリー、アサヒビール、東急百貨店など)を調べて、採用試験に臨みました。

当時は不景気のどん底です。東急百貨店の採用担当者は、暗い顔でため息をつき、「あのね、期待を持たせたらいけないから言うけど。週休2日なんて嘘だから。残業代も出ないよ。それでも来たいならどうぞ」アサヒビールの採用担当者からは、「ああ、メセナ?なるほどね……ところで君、ビールどのくらい飲める?」

いま振り返ると、採用者としては当然な発言ですね。自分なりにあれこれと考えて60社近くエントリーしましたが、ものの見事に全滅。ちょうど今ごろの季節、GW前には受ける会社がなくなってしまいました。

めぐりめぐって、一番良かったと思えるときが、必ず来る。

夏になっても就職先は決まらず、もうバイトすればいいか……と開き直りつつあった頃に、ふと大学の就職課で目にしたのが、地元・神奈川の地域情報紙出版社の採用情報でした。たしか、二次募集で若干名を募集していたのだと思います。

人間、せっぱ詰まっていたほうが、色々なアイデアが湧いてくるものです。もし私の目の前に選択肢が潤沢にあったとしたら、「音楽」と「地域情報紙」という2つの接点を、すぐには見出せなかったかもしれません。

しかし、その時は直感的に「これだ!」と閃いたのです。「地域情報紙なら無名の芸術家を応援できるかもしれない」と。

幸運なことに、配属先のエリアは芸術文化活動が盛んな地域で、音楽のみならず、絵画・工芸・文芸・映画・舞踏・書道など、いろいろなアートに取り組む人たちを取材させていただく機会に恵まれました。いま思うと、自分が演奏家になるより、何倍も向いていた気がします。

もし、進路や就職で望みが叶わずに辛い思いをしている方がいたとしたら、
まわり道の先にある新しい可能性を信じて、進んでいってもらえたら嬉しいです。







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