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誰かのために生きた4年間とシリアルな挑戦と、あるいは自分のために生きる2022年について

今年の年越しは自宅で過ごした。正月感のない冬休みだった。例年は、実家で過ごすこと多かったためだ。毎年帰っていた実家は今や取り壊され、もう存在しない。新築で家を建てている真っ最中なのである。2021年は家づくりが年間を通したハイライトであった。春から工務店と打ち合わせをはじめ、10月に着工した。それまでに仕様を検討して、住宅ローンを通した。土日の多くの時間を家のタスクに費やした。家づくりは2021年の抱負のひとつでもあった。性能ももともと想定した高いもになる予定である。エアコン一台で全館の空調が可能であり、適切にメンテナンスを行えば100年は住むことができる。

一方で、仕事はどうだったのか。春から新しい大規模プロジェクトを開始したこともあって多忙であった。プロジェクト経験があるメンバーも少なく、そのとりまとめに苦労した。そのため、もう一つの抱負は未達に終わった。垂直的な成長を遂げる。これがぼくのもう一つの抱負であった。

息子が生まれてからというもの、ぼくは自身に変革を課してきた。幼い命とその将来を守るために、自分に何ができるのかを考えつづけ、実行してきたつもりである。新規プロダクトの開発、教育および人事評価サービスの責任者、コンサルタントの責任者、管理職試験、大規模プロジェクトの挑戦など、数えだしたらきりがない。家庭では、多くを妻に頼っているが、自分なりに毎日の夕食をつくるなどしている。自分のしたいことは一旦脇に措き、誰かのために生きてきた4年間であった。

垂直的な成長を遂げるには、自分という資本に投資することが必要だ。自分のために時間をとり、自分の意識レベルを高めるための実践が必要だった。しかしながら、そのような余裕はまったくなかった。今考えると、昨年の抱負を書いた時点でぼくは、すでに限界を迎えつつあったのかもしれない。それを物語るかのように、2021年の年末にかけて少々バーンアウトぎみであった。

2050年の日本見据えて今を生きる、がここ数年のスローガンであった。そのために、全速力で駆け抜けてきた。

2022年はこのスローガンを一旦脇に措こうと思う。

2050年の未来とか、誰かのための自己犠牲とか、自分に変化を強いるのには疲れた。今年はもうすこし自分のために生きようと思う。

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