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2020年、1年間ありがとう。

2020年が終わる。年末感のない師走だ。

2020年は仕事におけるトラブルからはじまった。ぼくが開発したプロダクトが想定どおり動かずそのリカバリーせなばならなかったのだ。その矢先にコロナによって、ぼくが取り仕切っているオープンセミナーは急遽中止を強いられた。毎年恒例の新入社員研修はプログラムのオンライン化を断行し、メンバーに叱咤しながら何とかして乗り切った。そのあとコロナによって下落した業績を立て直すべく、すべての研修サービスをオンライン化をした上で、同時にコストカットを行なった。とにかくこのような調子で10月まで対応に追われまくった1年だった。

このように書くと散々な1年間だったように思われるかもしれないが、なぜだか充実すら感じる1年だったと今は思っている。たしかに、思い返せば、3月は決断の連続でもう正常に頭が思考できない状態だった。(決めるのが怖区なっていった。)対応に次ぐ対応で各所でミスコミュニケーションが起こり、対人葛藤も頻繁に起こった。メンバーに厳しくあたりすぎて反感を買ったこともあった。ひとつひとつの出来事を点として思い返せば楽な1年ではなかったかもしれない。いや、むしろ困難な1年だったようにも思える。でも、線として2020年をふりかえれば、充実感に満ちている。

人生は見方を変えればステキなことに溢れている。noteにしてもTwitterにしても、ぼくがいつも伝えているのはこのようなことだ。

困難な出来事自体はネガティブなものかもしれないが、その困難を乗り越えた自分はどうだろうか。たとえば、経験値や向上した能力、成功体験や成長実感を得てポジティブな何かをあなたの中に見つけることができないだろうか。ぼくたちはポジティブな何かを必ず得ている。ぼくはこの1年で多くの経験をした。未知なる社会情勢をなんとか今まで乗り越えられたことによって得られた自信は大きい。これまで経験したことのない量の決断をおこない、大きな変革を組織に起こした。(いや、起こさざるを得なかっただけかもしれない。)メンバーも必死についてきてくれた今、組織力は大きく向上した。その結果、ぼくは今充実を感じている。

ぼくたちはポジティブな何かを必ず得ている。それにもかかわらず、ぼくたちはよくこのことを忘れてしまう。ネガティブな出来事や体験ばかりを思い出してしまう。手にした恵みはすぐに手のひらからすり抜けていってしまうのに。

人生は見方を変えればステキなことに溢れている、ということをぼくは心底信じている。そして、その人生の見方をこれからも発信していきたいと思っている。ネガティブなことばかり考えてしまうことで、人生の幸福度は大きく下がってしまうし、ポジティブに考えられる人が以外と多くない。ポジティブなものの見方を広め、全体の幸福度が上がればよりよい社会がつくれるだろう、切にそう思っている。

ぼくのnoteを読んでいただいた方に心からの感謝を伝えたい。2021年はより更新頻度を高めていこうと思っている。また、遊びに来てほしい。それ以上に嬉しいことはない。

2020年、1年間ありがとう。

追伸:記事の画像は今日メンバーからもらったもの。メンバーがひとりひとりぼくにメッセージを書いて読み上げてくれた。嬉しすぎて、急遽、記事の画像として使うことにした。

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