安宅和人氏が中高生と語る「AIの力をどう解き放つか」―AI×人間の時代の未来創造「未来を切り開くAIの授業」
ライフイズテックがこの夏に開催した、日本を代表するAI×データ界の識者・起業家による中高生向け講演会「未来を切り開くAIの授業」。
1日目は慶應義塾大学 教授・Zホールディングス株式会社 シニアストラテジスト 安宅和人氏がゲストです。
安宅先生が語る「AI×人間の時代」に生きる中高生に向けたメッセージとは?
※肩書きは講演時のものです。
未来は変化の波に乗ってつくるもの
皆さんの周りには、未来についてネガティブなことばかり言う人がいませんか。でも、断言しますが人類は滅びません。千年後もいるはずです。ということで現状から悲観論を述べている暇があったら、いかに少しでもマシな未来を作っていくかを考え、仕掛けていくことが大事です。
では、これからどうやって未来を作っていけばいいでしょうか。今日はその辺りの話を中心にお話していければと思います。
ここで少しだけ、時代観を振り返り、20年前と大きく変わったことを見てみましょう。何がどのくらい変化したかを見ると、未来をつくるイメージが湧くとおもうので。
例えば20年前、買い物でお金を支払う手段は、ほぼ現金とクレジットカードでした。今はスイカやワオンなどのフェリカ決済だけでなく、PayPayやLINE-PayなどのQR決済が普通に使われています。FeliCa、クレジットカードによる決済は、導入にあたって店舗側に高コストな読み取り装置と専用のネットワークが必要ですが、QR決済は、スマホさえあれば誰もが支払えます。だから、中国やインドでは、街中の屋台など至るところで導入されるようになりました。
世界の勢力図も激変しました。20年前の世界一は、誰がなんと言おうとアメリカでしたが、現代の経済力第1位の国は、物価補正をした実質経済規模で見ると実は中国です。未来のトレンドを予見しようと思ったら、米国だけでなく中国を見ることになります。変化の多くは中国から起きているのです。
このように、今はとても大きな変化が起きている時代なのです。そしてこれからも大きく動くでしょう。いまの現実をベースに未来を考えないほうが良いということです。みなさんの若い感性はとても重大ということです。
知的生産現場の変化が社会や経済の変化を巻き起こしてきた
知的生産現場にも、10年から15年ごとに革新が起きています。
45年ぐらい前、1980年ぐらいまでは、ほとんどの知的生産は紙で行われていましたが、黒画面のパーソナルコンピューターが登場し、オフィスや知的生産現場は激変しました。1995年にはMacとwindows95でグラフィック・ユーザー・インターフェース(GUI)が登場します。これがインターネットエコノミーがたくさん生まれた最大の力の一つです。インターネット自体はもっと昔からありましたが、GUIの登場で一気に世界に広がりました。2008年には、マルチタッチ・ユーザー・インターフェースがスマホの上に登場し、情報端末の画面上を指で操作する社会が到来します。スマートフォンエコノミーが何百兆円という富を生み出しました。
そして今、生成系AIと呼ばれるAIの時代が到来しています。言葉から絵を作るAIや、ChatGPTが登場しています。とりわけ大規模言語モデルと呼ばれるAI技術によって、われわれが普段使う言語(自然言語)でコンピューターと直接やり取りすることが可能になったことは相当の大きな話です。
新しいサービスをどんどん作っていく時代
SNS上のトップインフルエンサーでも、年間で稼げる金額はおそらく数億円がせいぜいでしょう。もし100億円や200億円の富の形成をしたければ、価値のある事業を起こし、“イケてる会社”を作るのが一番です。
先にお話したように、現在の世の中では、生成系AIの波に乗って毎日のように新しいサービスが生み出されています。言い換えれば、われわれが新しいサービスをどんどん作っていく時代に突入しています。若い世代のみなさんは、思いついたことがあれば学校以外の時間で始めたらいいですし、いいアイデアが浮かんだのなら狂ったように取り組む価値があると思います。
「AI vs 人間の時代」ではなく「AI×人間の時代」
ChatGPTで何かを調べたら、おかしな答えが出てきたことはありませんか。もっともらしいことをスラスラ語るので信じそうになります。だから生成系AIの能力を正しく解き放つためには、AIの間違いを見抜いて正す能力が必要です。現代は、これまでになく広い教養と価値観が求められている時代なのです。
それから、機械は空気や行間を読んでくれませんから、指示や質問がきちんとしていないとAIは動いてくれません。知りたいことや聞きたいことをきちんと言語化する能力も、とても重要なのです。加えて、プロンプトと呼ばれる指示文が書けるとChatGPTは急激に賢くなることが分かっています。プロンプトエンジニアリング、デザインといわれている技です。AIを使い倒すためには、ある種、エンジニア的にものを考える力も一つのポイントになると思います。
テスラやスペースX、NASA、GAFAなどの求人ページを見ると、「製造現場が分かって、AIがわかる人」など、掛け算の人材が求められていることが分かります。「これからの時代はAI vs人間」とよく言われます。でも、それよりもデータやAIを扱えて、かつリアルの何かにも精通している人材、つまり両方が分かっている人材が求められているということです。
若さは何よりの才能
未来をどう創るのかよく聞かれるのですが、僕は「未来の方程式」としてまとめています。具体的には、「未来=夢×技術(どのように技術的に答えを出すのか)×デザイン(解決策をいかに一つのかたちにデザインできるか)」という掛け算のことです。テクノロジーだけで物を作ることはできません。野望や情熱、社会の問題意識を感じ取る力、解決へ向けて未来を切り開く力が必要です。これらは、歳を重ねて社会にならされてしまってからではそう簡単に身につきません。若さは、非常に重要な才能なのです。
振り返れば、多くの革新が若者によって行われてきました。吉田松陰は29歳の時に安政の大獄で殺されるまで、すでに20歳ぐらいから日本を変えようと動いていました。エジソンは21歳で初特許をとります。グラハム・ベルは28歳で電話を発明します。アインシュタインという史上まれにみる天才は、26歳の時に相対性理論を発表しました。世界の家電王、松下幸之助は24歳で創業します。松下幸之助の妻の弟である井植歳男は、16歳で幸之助の下で働き始め、のちに三洋電機を創業します。ソニーの前身、東京通信工業が生まれたとき、創業者の井深大は38歳、盛田昭夫は25歳でした。ちなみに井深は、早稲田大学の学生だった20歳のころから発明ばかりしていたと言われており、実質的にはエジソンと同じぐらいに創業したと考えられます。Appleの創業時、2人のスティーブは、ジョブズ21歳、ウォズニアック26歳でした。Googleは、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンという、25歳の青年2人によって創業されました。イーロン・マスクはスタンフォード大学の大学院に1日だけ行って退学し、スペースXやテスラと、いろいろなことをやっています。
若さは毎日目減りしていきます。毎日がとても重要な若い世代の方は、何かを思いついたら深く考えずに動いてください。毎日思ったこと、世の中の不条理などに対する問題意識を全部メモしておけば、1行に1億円ぐらいの価値がある可能性があります。
中高生が聞く、僕らの未来のつくり方―Q&Aより
Q. 大学で勉強したほうがいいことは何ですか。
A. まず知っていただきたいのですが、教育には、初等教育、中等教育、そして高等教育の三つのレイヤーがあります。
初等教育は、幼稚園や保育園など、そして小学校です。人間の社会で生きていけるよう、言葉、数字、社会常識などを教育するのが初等教育です。
中等教育に該当するのは、中学校と高校で、社会に出て生きていける最低限の能力を教育します。実際、日本も含め先進国で半分ぐらいの人は中等教育を終えて世の中に出ます。
そして、大学と大学院は高等教育です。高等教育は、中等教育までとはまったく性質が違います。この社会でまだ解かれてない課題に向かい合う場所であり、そのための基礎技術や基礎的な知識・教養を身につける場所なのです。また、そのような教育ができる専門家がいるのも、大学だけです。
大学に行かないと、人類の最先端の課題に到達することはできません。高等教育に進むことの意味を踏まえて、大学で何を学ぶかを考えてみてください。
Q. 起業したいのですが、今から高校を辞めるべきですか。起業するには海外のほうがいいのでしょうか。
A. 高校を辞めなければいけないほど忙しくなったら、辞めればいいでしょう。でも、会社が立ち上がってもいないのに辞めるのは、やめたほうがいいでしょう。人生が壊れるからです。ビル・ゲイツなども大学を中退していますが、それはビジネスと学業の両立が不可能なくらい忙しくなったからです。
海外と日本のどちらがいいかについてですが、日本のいいところだと感じているのは、競争が海外と比べてゆるめで、割と気楽に始められることです。シリコンバレーとかは投資家へピッチをする(企画を提案する)人が非常に多いので、よほど突き抜けていないとお金を集めるのが大変です。日本には、おもしろいことをやっている若者を応援したい人が無限にいて、一方挑戦する人が足りていないので、まず日本で始めてから海外に出るのもありだと思います。
Q. どういう会社を作ったら成功しやすいですか。
A. こういう質問は、答えを外に求めるのをやめて自分で向き合わなければいけないんですけれどね。
でも明らかに言えるのは、その会社には大きい課題解決が求められているということでしょう。大きいといっても難しい課題である必要はなくて、多くの人に必要とされること、もしくは、小さくても、顧客は少なくても、ものすごく感謝されることです。このどちらかを最優先にしない限り、おそらく事業は立ち上がらない。
少なくとも私がいるインターネット世界では、大量の人の目に留まり、価値を感じてさえもらえれば、マネタイズは全部後からやってくることになっています。マネタイズから考えるサービスは絶対に失敗します。
Q. 科学技術によって人類が生物的なものを超越して、超能力のようなものが使えるようになる、そんな時代が来ることはありえるでしょうか。
A. 発明家で実業家のレイ・カーツワイルは、科学技術の進化の先で、コンピューティングパワーが上がり続け、脳に機械的な足がかりを作ることさえできれば、1年に少なくとも倍ずつのペースで人間の知能が向上するようになる、という話はしていますが、これは超能力うんぬんという話ではありません。
ただ、考えてみてください。今、僕たちは、地球上の2万キロ離れたところ同士でリアルタイムのやり取りができます。ディープラーニングを使って、人の口の動きだけで何を話しているかが分かるようになりました。脳の中の活動レベルを可視化する技術(fMRI)と大規模言語モデル(LLM)とをつなぐことで、脳内でどのような言葉が思い浮かべられているか、ある程度解読が可能だという論文も発表されています。10年前から見たら、こういったことはすべて超能力と言えると思います。遺伝子組換え自体が魔法以外の何ものでもない。かつて神にしかできないと思われていたことを僕らは毎日やっています。蝋燭一本を手に入れるために一日分の労働が必要だった時代はそれほど昔ではない。100年前には、電力もエネルギーもこのように自由に使える時代が来るとはおそらく誰も考えなかったでしょう。でも、実際にそんな時代を迎えています。
『スター・ウォーズ』に”フォース”という力が出てきますね。今の私たち、人類、もある意味”フォース”を手に入れています。そして映画では「恐怖や敵意は”フォース”の暗黒面である」ということが言われますが、私たちも”フォース”の使い方が問われていると思います。力を正義のもとで使い、多くの人を幸せにすれば、それだけの富がやってきます。ビリオネアというのは、強欲な王様ではなく、人を幸せにして得た富の一部を手にしている人です。幸せな未来とは、このようにしてつくるものではないでしょうか。
安宅先生、貴重なお話をありがとうございました!
安宅 和人 氏(慶應義塾大学 環境情報学部教授、Zホールディングス株式会社 シニアストラテジスト):
マッキンゼーにて11年間、幅広い商品・事業開発、ブランド再生に携わった後、 2008年からヤフー、2012年より10年間CSOを務め、2022年よりZホールディングス シニアストラテジスト(現兼務)。2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年秋より現職。総合科学技術イノベーション会議(CSTI)専門委員、教育未来創造会議 委員、新AI戦略検討会議委員、内閣府デジタル防災未来構想チーム座長ほか科学技術及びデータ×AIに関する公職を多数歴任。データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。一般社団法人 残すに値する未来 代表。イェール大学脳神経科学PhD。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks)ほか
※肩書きは講演時のものです
「未来を切り開くAIの授業」開催レポートはこちら!
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