見出し画像

教育行政こそ未来志向でなくてはならない【前さいたま市教育長 細田眞由美氏×讃井康智 教育委員会関係者向けオンラインセミナーレポート】

これからの子どもたちが生きていく社会ーSociety5.0では、AIを中心とするテクノロジーの進化により生活様式が大きく変わると言われています。まさに2023年から生成AIが話題となる中で、教育現場を取り巻く情報教育も目まぐるしく変化している状況です。

ライフイズテックでは、前さいたま市教育長の細田眞由美氏をお招きし、Next GIGAを見据えてICTや生成AIをどのように「個別最適な学び」や「協働的な学び」に繋げ、「誰一人取り残さないデジタル教育」を実現していくかについて、教育関係者向けオンラインセミナーを4月19日(金)、24日(水)、30日(火)に開催しました。多くのメディアにも取り上げていただき、業界大注目のセミナーとなりました。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000250.000019771.html

今回のnoteでは、その様子をお届けします。


Next GIGAで目指す姿を実現するためには「学びのインフラ」の整備が必要

会の冒頭は弊社取締役讃井から、本セミナーの前提や時代背景についてお伝えするところからスタートしました。

これからの社会に必要なITを活用し課題解決ができる人材の育成が重要

讃井:今の日本は「人口減少社会」に突入しており、労働人口は2050年にかけて2千万人減少する見込みで、今後の働き手不足は避けられません。そのような時代では、もはや「ITを仕事にする=IT企業で働く」ではなく、全ての産業でITを使った課題解決が必須となっています。
一方で、今の日本ではIT人材が不足しています。経産省の調査では2030年に最大79万人不足する予測となっています。IT企業で必要とされる高度専門人材だけではなく、地域社会の礎を担うIT人材の不足が全国でより顕著になっていくことを示唆しています。

GIGA端末は「整備」から「活用」の時代、そしてICTを活用した「学びの質」の変化が求められる時代へ

讃井:国策としても、IT人材の育成は重要な課題となっており、2023年6月に閣議決定された「骨太の方針」においては、Next GIGAの柱の一つとして情報活用能力の重要性が謳われています。つまり、今までGIGAスクール構想の中で、インフラの整備を急ピッチで進めてきましたが、NEXT GIGAの論点は「整備から活用」の段階へとシフトしています。それも単純な活用頻度だけではなく「学びの質の変化」が問われていきます。だからこそ、ハードだけでなく、学びの質の変化に寄与できるソフト(ソフトウェア・教材・人材育成など)の整備も非常に重要な論点です。

また、いよいよ2025年1月の共通テストから新教科として「情報」が出題されます。国公立大学の97%が受験必須方針を示しており(河合塾調べ2023年6月時点)、かつ実社会で使われているテキスト型のプログラミング言語を模した表記で問題が出題されることが予想されています。一朝一夕の暗記だけでは解けないような問題になることが想定されるため、実際にプログラミングをやってみて、深い理解に至る学習体験が重要です。

さらに、国際学力調査のPISA2022でも、日本はGIGAスクール構想によってICTの環境整備はできているが、利活用には課題がある結果が示されました。その中でも特に探究型教育での利活用はOECDでも下位にとどまっているのが現状です
つまり、NextGIGAで目指してほしい「創造的な課題解決に繋がる学び」を実現するためには、ハードだけでなく、ソフトについても学習のインフラを整備することが必要です。また、子どもたちのスキルや社会環境が変わった中で、NextGIGAにおける小中高の段階的な学びの設計についても改めて考え直していく必要があります。

教育委員会の「当たり前」をやめる=自前主義からの脱却で、子どもと教師が笑顔に

讃井に続き前さいたま市教育長の細田氏からもNext GIGAに向けたデジタル教育の今後のあり方について、さいたま市で実践されたことを中心にお話いただきました。

GIGA端末の整備から教育DXへ

細田氏:コロナの影響もあり、さいたま市では市内にある約160校10万人の生徒に対して、一気にハード面を整備していきました。この時、「今までアナログではなかなか実現しづらかった"主体的・対話的で深い学び” 、つまり学習指導要領の学びへ向かうツールをついに手に入れた!」とワクワクしていました。

しかし、単に160校以上の高速大容量のネットワークを構築し10万台のGIGA端末を整備するだけでは、どうも学びが変わらなかったのです。そこで気づいたのは、教育そのもののデジタルトランスフォーメーション(DX) を進めていかなければならないということでした。
いざ教育DXを進めようとしても、課題は山積しています。GIGAスクール構想実現のためには多くのタスクをクリアしていかなければならないし、そして何より「私たちは教育のスペシャリストではあるがITの専門家ではない」ということ。 自前主義の限界を感じました。

そこでご縁があった人材サービス企業の力を借り、ITスペシャリストを公募しました。期の途中でしたし予算も多くは用意できていませんでしたが、5名の定員に対し、なんと600名を超える応募があったのです。みなさん声を同じくして「教育が変わる瞬間に立ち会いたい」と言ってくれました。さらに、企業とも積極的に連携し「一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、新たな価値を創造していく力をはぐくむ教育の実現」という目的に向かって、それぞれに関わり合ってもらいながら子どもたちの学びを少しずつ変えていきました。

不登校×ICT

細田氏:また、ICTは学びに繋がりにくい子どもたち、つまり不登校の児童・生徒への対応にも優位性があるのではないかと考えました。
さいたま市では、不登校等児童生徒支援センター(Growth)を令和4年4月に立ち上げ、オンライン授業を含めたICTを活用した学習支援や体験活動等を通して、学ぶ喜びや人とのつながりを実感し、社会的に自立していくことを目指しました。多様なプログラムを実施し、子どもたちそれぞれのペースで学習を進めやすい環境を整えていきました。

これも年度の途中からのスタートだったので、大きな予算を取ることができませんでした。お金がない、人がいない、場所もない、という状態だったのですが、子どもたちの現状を考えた時に1年待つということはできませんでした。なので、最初は小規模で、数名だけでも繋がれれば良いと思っていたんです。ただ実際は、開始した初年度だけで200名を超える子どもたちがこのGrowthに繋がっていくという結果になりました。

このような支援を始めて気づいたことは、「子どもの数だけ学び方がある」ということです。今ではメタバースを活用した学びの場(シン・Growth)を構築し、子どもたちが自分の学習内容に合わせたブースへ移動して学びながら、自分で学習を振り返る姿が見られます。例えば、プログラミングを学びたい子はプログラミングブースにいき、ライフイズテックの教材を使って自分で学習を進める、といった形です。

改めて私がお伝えしたいことは、教育委員会の「当たり前」をやめること、つまり全員が当事者意識を持ちながら、外部の企業とも連携ができる「多様性ある組織」を実現することが、子どもと教師の笑顔に繋がるということです。教育行政は、未来を生きる人々にとって有益な施策を打つべきであり、最も未来志向でなくてはならないと考えます。なぜならば、目の前の子どもたちは、22世紀を生きる人々だからです。               

デジタル教育改革を進める上では教育委員会のリーダーシップがこれまで以上に必要

セミナー内では2人のトークセッションも繰り広げられました。

讃井:細田さんのお話の中で、デジタル教育改革を進める上で教育委員会が強くリーダーシップを発揮しているとお見受けしました。教育業界では、学校現場に任せ、各学校が決めることも大切にされている中で、これまで以上に教育委員会のリーダーシップが必要だと考えていらっしゃる理由はありますか?

細田氏:ICTを活用した教育は格差の出やすい分野だと考えています。今まで教育委員会も先生たちも経験していない未知の分野だからです。先生たちは学生時代にご自身でITについて学んでいるわけではないし、授業内での活用もスタートしたばかりなのが現状です。
つまり、教育委員会がリーダーシップを発揮しないと、子どもたちの機会損失に繋がってしまう恐れがあると考えています。また、地域間、学校間、先生間の格差が出てしまう可能性があります。

讃井:おっしゃる通りですね。デジタルの活用については社会でも変化が激しく、かつ学校教育課程の中では新しい分野だからこそ、他の領域よりもリーダーシップの発揮が必要だということですね。
あとは教育委員会のリーダーシップのスタイルも大事なのではないかと考えています。思考の起点を子どもたちに置きながら、現場の先生も支えていく必要がある教育行政においては、所謂上位下達の支配型リーダーシップではなく、社会の変化を見据えながら、現場の先生が実現したいことを支えるサーバント・リーダーシップをとることが重要ではないでしょうか。

新しい政策を進める際に重要な外部連携では「パートナーとして信頼できるかどうか」が肝

讃井:さいたま市でのデジタル教育改革では、外部との連携がキーポイントだったとも教えていただきました。特に印象的なのが、組織の施策立案の上流にまで外部の専門家が関わっているということです。ただご参加の教育委員会の方々の中には、「外部の企業と連携したが、うまくいかなかった」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで、外部との連携を進めていく際に気をつけていたことはありますか?

細田氏:とても大事な観点ですね。とにかく「パートナーとして信頼できるかどうか」ここを見極める必要があります。特に見ていたポイントは大きく2つです。
1つ目は、しっかりと伴走支援をしてくれること。2つ目は、トライアルができるかどうかということです。

讃井:確かに、1点目の導入〜活用中の支援があるかどうかは、施策推進においてとても重要ですよね。よく「システムや教材を導入したはいいけど、どの学校がどれくらい活用しているかわからないので、学校をどう支援すべきか判断がつかない」という教育委員会の方のお困りの声をお聞きします。
弊社としても導入して終わりではなく、教材の活用状況をデータで把握し、データをもとにして各学校の支援を含むPDCAを回すことができる体制の構築を心がけています。

細田氏:そして、2点目のトライアルについては、評判や第三者の情報から、どれだけ良いサービスか知ることができても、自分の自治体(生徒・教員)にフィットするかどうかはわからないからこそ必要です。トライアルの実証期間等を設けて効果検証しながら選定をしていくことが重要です。
いずれにせよ、連携する前から100%信頼できる状態を準備することではなく、意見交換や実証期間を経ながら、信頼関係を築けるようなパートナーかどうかを見極めて行くことが必要です。そのためには、教育委員会としても、日頃から様々なステークホルダーと接点を持ち、関係を広げる努力をすることが重要だと考えます。

最後に、子どもたち・先生にとって効果をもたらせる外部事業者を選べるかという点では、公共調達の方法も重要です。価格だけではなく、専門性や提供するサービス内容、そして伴走支援の有無なども含めて比較検討する必要がありますから、機械的に価格だけで選ぶ一般競争入札ではなく、プロポーザル方式を優先してきました。当初描いていたような教育を実現できない外部連携になってしまっては、子どもたち・先生・教育委員会関係者にとっても不幸ですからね。

なにより子どもたちが変わっていく「様」が推進の更なる説得材料に

セミナーの中では、参加者からの質疑応答も活発に行われました。

参加者:「教育委員会の当たり前をやめる」ということは困難な道のりだったであろうと拝察します。そのためにやるべきことが膨大であったとも想像できます。反対する人たちへの対応等もあったのではないでしょうか。そのマネジメントの道のりについてお聞かせください。

細田氏:教育行政の中のことについて相当ご存知の方からの質問ですね。
おっしゃる通り、「今までやってきたことで失敗はなかったんだから、このままが良いのではないか」という考えはどうしても行政の中にはあると思います。ただ時代が、世の中がこんなに変わっている。特にデジタルの分野は、IT人材が不足していて、その課題はどの自治体でも発生しうるという時代背景であるならば、今までと同じ施策を打っていては、子どもたちが未来の社会をイキイキと生きていけないと思うんですよね。
なので、そのことについて、教育委員会で何度も議論を重ねる必要があります。重要なステップとしては、教育委員会関係者全員が腹落ちすることです。我々が受けてきた教育が通用しなくなっていることは自明だということを何度も、早い段階から議論し続けました。
やはりどうしても、反対する方はいます。ただチャレンジを続けていると、先に取り組んでくれる先生のところから結果が出てきますよね。その子どもたちが変わっていく「様」が、最大の説得材料になっていったと感じています。

讃井:ありがとうございます。事前のアンケートでも学校現場との調整について多く質問をいただいていました。さいたま市で推進するにあたって気をつけていたことはありますか。

細田氏:今回は、デジタルやプログラミング教育の推進という事例に絞ってお話をしますね。さいたま市では市内全中学校でライフイズテックレッスンを導入させてもらいました。生徒数で言うと3万3千人の生徒がライフイズテックレッスンを使いながらプログラミングを学んでいくわけです。その中でどのように現場の先生方と一緒に推進していったかというと、まず中学校でプログラミング教育をメインで取り扱う技術分野の教員の研究会およびトップの校長に理解いただいたということがとても大きかったです。

さらに、技術分野以外の教員全員にもライフイズテックレッスンを使えるようにしてもらいました。そうすると、どの教科の先生も、自分たちの教科の壁を超えて、どうすればプログラミングを探究的学びに活かせるかを議論し始めてくれたんです。この2つが現場の先生たちと推進していくときに功を奏したポイントです。

讃井:我々にとっても大きなヒントになるお話をありがとうございます。教科部会の先生方にご理解をいただくために、事業者も汗をかきながら、先生たちが使ってみて良かったと思える体験を届けていかないといけないですね。また技術分野以外の先生にも広く使っていただけるようなソフトウェアの提供や研修、そして、活用のご支援も重要だと感じました。我々はどうしても格差が出やすいデジタル分野の教育に取り組んでいますので、まずは格差なく教育委員会の皆様や先生方をご支援させていただきながら、何より子どもたちの可能性を最大限広げていきたいと考えています。自治体の皆さまには、どんなご相談でもいただければと思ってます。
では、最後に本日参加いただいた方々にメッセージをお願いします。

細田氏:ICTを活用する教育が進むにつれて、自分たちが受けた教育や自分たちが教師になった時の教育観がここ2−3年で通用しなくなっていると痛感しています。私たちの目の前にいる子どもたちは22世紀を生きていきます。私たちが見たこともない世界を自分たちの足で歩んで行かなければいけないわけです。そういった子どもたちに最高の環境を提供できるように、大人も学ぶ「アンラーン」の姿勢を持ち続けて、これからも皆さんとともに学び続けていきたいです。

讃井:細田さん、本日は本当にありがとうございました!


ライフイズテックでは今後も、様々な自治体や先生方、学校と協働しながら子どもたちの学びを応援していきます。
ご興味のある学校・自治体の方は、お気軽にお問い合わせください。

また、6月25日(火)東京・有楽町にて開催する教育カンファレンス「Life is Tech ! Jam 2024」では細田氏にご登壇いただき、デジタル人材教育についてお話いただきます。詳細・ご予約は以下をご覧ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?