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【気ままに書評】コモンズ論の基本書

「『コモンズ思考は、さまざまなオルタナティブな探究の合流点』であることが見えてきたものの、コモンズ思考を深めるのに不可欠な基本的な文献の読みこみや重要な事例の解読といった作業を欠いているのが、日本の多くの論者の現状だと思われる。」(15頁)

山本眞人『コモンズ思考をマッピングするーポスト資本主義的ガバナンスへ』は、上記のような問題設定で書かれた本です。著者の山本さんは需要研究所の代表をしており、『宇宙卵を抱く』(2011年)や『西表島・紅露工房シンフォニー』 (2019年)などの著書があります。本書は『宇宙卵を抱く』の続編に当たり、「二十一世紀の希望のもてるシナリオで単なる夢物語ではなく実現可能性のある」(408頁)シナリオを導き出す意欲作です。

近年、コモンズへの関心が高まり、その可能性を探ろうとしている世界中の研究者や活動家が分野横断的に意見交換をし、「相互触発が起きつつあることが感じられる」(9頁)と著者は言います。

日本でも関心は高まりつつも、E・オストロムやD・ボリアーなどの基本文献や世界の重要事例の解読が進んでおらず、本書ではそれらを具体的に紹介しつつ、「注目した事例どおしを結ぶ、重要なつながりを読みとっていくとともに、他方で、コモンズとP2P [=Peer to Peer] をめぐる理論の再構成を試みていき、両者を重ねあわせることを通じて現れてくる新たな光景」(15頁)を描き出すことを目指します。

より具体的に言えば、

「『新たなエンクロージャーVSカウンターヘゲモニー(コモンズの復権)』という構図を基本にして、D・ボリアーとM・バウエンスたちが紹介している事例のうち重要なものの相互関連をたどり、大きな転換点における熾烈な抗争を描きだし、『コモンズ思考』の可能性を活かすには、どんな壁を突破する必要があるのかを探っている。」(28頁)

ことが、本書の着眼点であり到達点だと言えるでしょう。著者が基本文献と位置づけるE・オストロムのコモンズ論のエッセンスを学びたい人は第1章を、「新たなエンクロージャーVSカウンターヘゲモニー」の変遷をフォローしたい人は第4章から第6章を、ここまでの議論から導かれた到達点を探りたい人は第6章4節、第7章2節、同3節を中心に本書を読むことをおすすめします。

目次と序章はこちらで試し読みできます。
https://kenji-world.net/commons/

ひとつだけ、ピックアップしましょう。

第6章のタイトルは「デジタル・コモンズの囲い込みとカウンター・ヘゲモニー」。著者によれば、リーマン・ショック以降、「新たなエンクロージャーVSカウンターヘゲモニー」の構図に新しい変化が生じ、デジタル・コモンズの囲い込みが「プラットフォーム資本主義」という形でバージョンアップされ、強化されました。

これを打開すべく提案されているのが「オープン・コーポラティズム」および「プラットフォーム・コーポラティズム」で、後者は前者の一類型と考えつつも、次のようにその違いを説明しています。

「オープン・コーポラティズムは、デジタル・コモンズおよびCommons-based peer production(CBPP)の思想と技術の融合を通じて、新たな形の協同組合をつくりだすことをめざす。それに対して、プラットフォーム・コーポは、GAFAなどのプラットフォーム資本主義に対抗する事業モデルをつくっていく上で、協同組合という事業形態をベースにしようとするアプローチだといえる。」(278頁)

ひとつのキーワードは「協同的蓄積(Cooperative Accumulation)」で、代表的な事例としてバルセロナのCIC(Catalan Integral Cooperative)とエンスパイラル(Enspiral)を引きながら、その可能性を素描しています。

「気が遠くなるような話だ」(288頁)と嘆きつつも、その記述からはコモンズ思考を深化させたいという強い情熱を感じました。

『コモンズ思考をマッピングする』は補論を含めると400頁をこえ、できるだけ読みやすく書かれているとはいえ、読むのに骨が折れることは間違いないでしょう。

ですが、それを上回る学びが本書にはあり、このテーマにおける「コモン・ランゲージ」としての価値は大きいと言えます。コモンズ論が深まる出発点として多くの人に読まれ、夜間大学のように実践者や研究者が分野横断的に集まり、「相互触発」していく光景が日本でも各地で生まれることを期待しています。

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日本版プラットフォーム・コーポラティズムの可能性については、こちらでも議論したことがあります。


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