静かな時間 昼下がりの北欧

画像1 「人生で一番幸福な時期はいつか知ってる?」、 昼下がりのテラスでロゼワインのグラスを傾けていたアニカが、私と友人のロッタに問いかけた。アニカはロッタの母親である。
画像2 その日は、ロッタの両親のサマーハウスに招待されていた。そのご両親は早期退職をされている。すなわち、彼らの年齢は還暦をほんの数年過ぎたところである。
画像3 「人生で一番幸福な時は退職してからの年月よ」 、と彼女は自答した。ロゼワインを堪能しているアンデシュとアニカの寛いだ表情はその返答を裏付けていた。
画像4 海外就職を永年の理想としていた私にとって、「退職」という言葉は、どちらかというと寂しい印象を与えるものであった。数年間地道な努力を続け、ついに定職を得て、経済的に自立することが可能になった。定年年齢までの数十年はこのまま勤労世界に残らせて頂きたいと願う。
画像5 早期退職をした場合、支給される年金額は多少減少する。それにも拘わらず、早期退職を希望する人は多い。退職後に南欧、あるいは東南アジア(特にタイ王国)に移住する人も多い。 サマーハウスを所有したり、早期退職をする余裕があったり、海外移住の出来る人達は裕福なのであろう、という素朴な疑問も挙がるであろうが、二人とも特に裕福というわけではない。
画像6 アニカは極めて平均的なスウェーデンの年金生活者である。平均的なスウェーデンの職業というのは、一般的に教師、看護士、保育士である。すなわち、必要かつ尊敬されるべきではあるが、(一般的に)高給職ではない。アニカは中学校の教師であり、アンデシュは極めて平均的なサラリーマンであった。
画像7 田舎に居る時は、時間の流れが緩慢に感じられる。車の音一つ聞こえない家の中では、時には柱時計の音だけが響いており、自ずとうつらうつらとしてしまう。このサマーハウスは、ストックホルムから車にて二時間程の北に位置する森の中にひっそりと佇んでいる。多くのサマーハウスがそうであるように、車道からは見えないため、森の中の砂利道を走っている時は、よほど注意を払っていないとドライブウェイを見失ってしまう。
画像8 そして、この砂利道を通るのは主に界隈に住む人である。近くにはスーパーマーケットもレストランも病院も映画館もない。この二人は夏のあいだ、この孤立したサマーハウスにてどのように時間を過ごしているのであろうか。
画像9 以前に招待されたことのあるサマーハウスの中で、非常に印象に残っている場所が二軒ある。一軒目は、外に一歩出たら砂浜が広がるプライベートビーチであった。遠浅の湖の水は絵画の中のように澄んでいた。サマーハウスのまわりを囲む白樺の木がその空間を完全に外の世界から遮断していた。
画像10 もう一軒はゲストハウスであり、ベッドが二台置かれていた。その小屋の後部ドアを開け階段を三段降りると、すでにそこは深く広大な湖であった。夜中に寝ぼけてドアを開けてしまうと落ちる危険もあるであろう。上記二軒のサマーハウスは、いずれも非常に幻想的な印象を残した。
画像11 この日もランチとおやつとディナーを振舞って頂いた。パンは常に手作り、そこに使用される材料も、多くが自家栽培のものである。右側のパンの上に乗っているものはひまわりの種である。南瓜の種も一般的である。
画像12 左のパンの上に乗っているのは、生ハム、レタス、トマト、マメを潰して作ったペーストである。右はレバーパテ、ニシンの酢漬け、サワークリームとスプリングオニオン、きゅうりの酢漬け、卵である。ここでは鳥は飼われていない。
画像13 (サラダ)バジル、玉ねぎ、トマト、レタス、さやいんげん、ベルーガ・リンス豆、ドライ杏。
画像14 (サラダ)角切りスイカ、シェーブルチーズ(山羊のチーズ)、掛かっている葉はおそらくバジル。
画像15 (メイン)牛ヒレ肉のグリル焼き、写真にはないがビアネースを含むソース各種。他にもいろいろと振舞って下さったがこの辺で。
画像16 デザートも、つねに手の込んだものが何種類も用意されるが、見つけた写真はこれのみであった。ラズベリー、削りホワイトチョコレート、オーツ麦、ライ麦、アーモンドスライスを炒ったものであろうか。通常はこれにバニラソースをかけて頂く。
画像17 パンを焼き、野菜の栽培をし、庭に色とりどりの花を植え、散歩に出掛け、釣りをたしなみ、教会のコンサートを堪能し、近くの村の美術展を見学し、そのあとに近くのカフェにてコーヒータイム、古くからの友人を招待し談話、編み物をし、家の増改築にいそしみ、地平線に沈む夕陽を臨みながらワイングラスを掲げ、夕食後にはNetflixにて映画を鑑賞し、昔話を語り合いながら眠りに着く。
画像18 さらに、夏にはワイン愛好会の仲間達と連れだってフランスのプロバンス地方を訪れ、ワイン農園とワイナリーをレンタルサイクルで訪れている。
画像19 「人生で一番幸福な時期はいつか知ってる?」、 この森の中の一軒家には、アニカをそのような心境に至らせる静かで平穏な時間が流れている。 彼らは40年間の勤務を貫徹し、第二の人生を楽しく静かに過ごそうとしている。「クオリティ・オブ・ライフ」、彼らのライフスタイルを目の当たりにすると、脳裏に浮かぶ言葉である。
画像20 夕食のあと、私は、彼らの楽園をあとにし、私の時間へ戻って行く。すなわち、今後数十年間私の居るべき空間、中都会の喧騒の中にて勤労を続ける時間である。この時間の中に敷かれた人生の課題を無事に貫徹したら、もしかしたら、彼らのような第二の人生を過ごすことも悪くない、と思える境地に至れるかもしれない。    ご訪問有難うございました。

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