40代駐在妻、新たな一歩への葛藤(後編)
前編のあらすじ:初めて知るコーチングが、自分の渇望する「仕事」になると意気揚々だった私。しかし、自分の強みを活かそうと選んだはずの道が、実は「夫と対等になりたい」という無意識の劣等感から導かれたものだと知り、ショックを隠せません。
振り子のように揺れる心が行き着く先はどこなのか?
後編をどうぞ!
6. 心の奥底にあったものを直視する
人の魅力を引き出すために、コーチングというものに興味を持っていたはずが、実は「稼いだら夫と対等になれる」という自分でも気づかなかった劣等感が表面化。
私は自分を恥じていました。
何不自由ない生活の中で、ひそかに抱いていた「対等」という思考。
実は思い当たる節があったのです。
コーチングを仕事にするならば学ぶ場が必要だと思い、スクールについても情報を集めていました。
その中で目ぼしいスクールのオンライン相談会にも参加して、
学びたいという想いは強くなっていたのです。
が、二の足を踏んだのは費用の問題でした。
正直言って、目ん玉飛び出るほど、高い!
このくらいの額を使ったことがないかというと、過去に別の資格取得のために、あるはあったのです。
しかし当時、私は自分だけの口座を持っていました。会社員時代の貯金が入った口座で、家族には金額を告げることなく支払いができたのです。
しかし、今は違う。
口座はひとつで、利用明細は夫も私も同じものが見られる状態でした。コーチングスクールの費用を見た時、最初に頭に浮かんだのは
「夫に何と言ってお願いしよう...。」
でした。
普段、いちいち夫に断って買うことはありません。生活費は自由に口座から出し入れしていました。夫は毎月、目を皿にして明細を見るタイプでもありません。
しかし、今回は生活費とは別のまとまった金額です。ザッと明細を眺めるだけでも、目立つ。
そして、次に思ったのは、
「自分でお金を稼げていたら、こんな風にお願いしなくてもいいのに」。
だったのです。
これがもしブランドもののバッグだとしたら、まだ言いやすかったかもしれません。
姿かたちが一目でわかる、誰もが知っているブランド。写真を見せて、
「これがどうしても欲しい。」
そう言えるから。
しかし、今回のコーチングは謎多き無形のもの。
お金を費やそうとしている自分さえも、それだけの価値があるのかという疑念が全くないとは言えない。
それを、どうやって夫に説明するのか。
でももし、「怪しいからダメ」と一蹴されたら、私の未来はまた雲に覆われてしまう。
まずい。
このままだと、また何も考えない日々に戻ってしまう…。
ああ、自分で好きに使えるお金を、自分で稼ぎたい。
そんな想いが心に渦巻いているのは確かでした。
しかし、私がコーチングを目指す目的は、人の魅力を引き出すという崇高なものでなくてはならない。
誰が咎めるわけでもないのに、自分自身の本心をきれいごとでフタしていたのです。
その本音が、高揚して話しているうちに、ポロリと出たのでしょう。
私は、ため息をつきました。
そうか、自分よ。お前はそんなことを考えていたのか。
こっそり支払える方法はないか、とまで考えていた自分が情けなくなりました。
コーチが言った通り、私は外国で夫と家庭を自分なりに一生懸命支えてきたではないか。
対等だとか対等でないとか、そんなことは誰も思っていないよ。
そう自分をなだめて、ようやく夫にコーチングのことを伝えようと決めたのでした。
7. コーチングを学び始める
自分も稼いで、夫と対等になりたいという心の奥底の劣等感に気づき、落ち込み、自分をなだめた私でした。
「コーチングというものを学んでみたい。」
夫にそう伝えると、
「いいじゃない。やりたいことがあるっていうのは、いいことだよ。」
そう言って、夫は快くスクール費用を了承してくれました。
私はホッとしたのと同時に、緊張していました。コーチングを学びたいとひとたび口に出したのだから、腹をくくって、必ずこれを仕事にしなくてはならない。
もう、頭の中だけの夢物語で終わらせてはならないのだ。
なぜだか私は、自分自身をガチガチに追い込んでいました。
何はともあれ、こうして無事に希望のコーチ養成講座に参加することが決まります。
テキストが日本から送られてきた時、私は新しいことが始まる喜びに心踊らせていました。
担当のMコーチとはオンラインでマンツーマン。
気になっていた受講時間も、毎回合わせてくれるという手厚さで、私は順調に学びを進めていきました。
講座では、コーチングの手法を学びながら、その手法で自分もMコーチからコーチングを受けていました。
その中で自分が大きく変わったものの1つに、かつて市販本の分析シートで割り出した「大事にしたいもの」があります。
当時は、「人間的魅力」の次に、「家庭」 が2番手につけていました。
「家族のペースを乱さない」
「家族に変化を強いることがない範囲で動く」
といったように、今考えると、家庭という殻に自ら閉じこもって、勝手に制限をかけていたように思います。
しかし、コーチングを進めていくうちに、本当は「自分が成長すること」が
もっとも大事にしたいことであり、「家族のために、家族がいるから」というのは、自分が変化することを恐れて、動かない言い訳にしていることに気づいたのです。
もっと自分が充実感を感じること。
成長する実感を得られることを、素直に追求していいのだと肩の荷が降りた感覚がありました。
それは、あらためて、コーチングのプロとして学ぶ覚悟ができた瞬間でもあります。
そのころの自問自答ノートには、このように記しています。
「こんなにも目標が明確になり、頭の中が未来のことでいっぱいになる感覚は初めてだ。
以前の日記を見ていると、答えが出ずに苦しかった。
それを今は、客観的に見られている自分。なんてすごいんだ!」
年齢も環境も、全てが活かせる。
時間を積み重ねれば重ねるほど、価値が生まれる。
進むべき方向が定まって、晴れやかな心情でした。
8. コーチとしての第一歩が出せない
なんやかんやで、コーチングを学ぶところまで漕ぎ着けた私です。
時は過ぎ、テキストも終わりに近づきました。コーチングの講座が修了です。つまり私はプロのコーチとして動き出せることになります。
そのタイミングで、活動のためのSNS発信について考えはじめました。
見た人が、私の活動に興味を持ってくれるように発信する必要があります。
インスタグラムをその第一歩にしようと、アカウントを作ったところまではよかった。
しかし、そのあと私の手はピタリと止まって、動けなくなったのです。
動けない理由は2つ。
ひとつは、「SNSで発信すること自体が10年ぶり」であったこと。
駐在生活が始まったころは、懐かしのmixi全盛期でした。仲間内だけのいわばクローズな世界で日々のできごとを投稿して楽しんでいたこともあります。
しばらくすると Facebook が登場し、海外で出会う留学生などが先駆けて
日常の何から何まで写真をアップする、オープンSNS時代の幕開けを目の当たりにしました。
私も彼らに触発され、淡々と流れる日常の中で、たまに起こるイベント事や近況報告などをアップしていました。
しかし当時は、私自身のSNS リテラシーが足りなかったこともあり、アップした内容を身内に咎められたり、知り合いからの連絡を放ってしまったりして、自分も相手も不快に感じることが重なったのです。
そのうち、揉める原因となった SNS 自体を、自分にとって害があるものという認識のまま、やめてしまいました。
それが、10年前のできごとです。
ビジネス用とはいえ、そんな状況から、突如SNS を再開するということに抵抗を感じていました。
しかも、10年もSNSの世界に触れていないと、流行や書き方などをイチから勉強することになります。
勉強のためにと、他人の投稿を見れば見るほど、
この人のようにいいことは書けない!
心に刺さる書き方なんてわからない!
と袋小路に入ってしまいました。
もっと問題だったのは、「そもそもコーチとして発信したいことがない」ことでした。
自分のクライアントとなる人、つまりお客様は自分と同じ駐在員の妻の方(以下、駐在妻)と決めていました。
私がコーチングにたどり着いたのは、元を辿れば、いつまで続くかわからない海外での駐在生活により、キャリアがぶつ切りになったところから始まっています。
駐在生活という特有の環境で、駐在妻という立場の人たちが悩んだり、目指すものを見失ったりする過程を体感している身として、その経験がない人よりは、ベースが理解できると思い駐在妻の方達に向けて発信しようとしていました。
そのため、初めは、駐在妻の方達の興味を引くような記事をいくつか下書きをしたのです。
駐在妻には、大体こんな悩みがあるよね
という感じの内容。
こう書けば、私が駐在妻としての生活をよく理解していると思ってもらえるという気持ちもありました。
私は意気揚々と、Mコーチにその記事の下書きを送ったのです。
すると、Mコーチは意外なことを口にしました。
この記事を自分で見て、あなたはしっくりきていますか?
この記事には、あなたの魂が乗っていますか?
9. つまづく中でMコーチの真髄を見る
コーチ活動の第一歩としての、SNS発信に手こずる私。
投稿記事の下書きに対して、Mコーチが放った質問に固まります。
Mコーチとは講座を通して、すでに20回近く会っていました。
コーチングを受けている時のMコーチの印象は、「安定感」。
いつ会っても画面のむこうで、姿勢よく、にこやかに話を聞いて、
気づけば自分で次のステップを考えられるようになっている。
質問をすれば、言葉を選んで丁寧に答えてくれる。
でも、必要以上に距離をつめない。
こちらが求める以上には、干渉しない。
そういう印象でした。
そのようなMコーチですから、私は記事を送った時も「いいと思います」のように、簡潔な返事がくると思っていたのです。
それが今回は思いのほか、厳しい質問だったので驚きました。
それと同時に、「あ、見抜かれた!」と感じたのです。
私は顧客層を駐在妻の方にすると口では言っていましたが、本当の本当は、
そこまで考えが及んでいませんでした。
「自分のために仕事をしたい」というところで止まったまま、どんな人にどんなことを提供できるかについて、実ははっきりとした答えが見えていませんでした。
私のコーチングを受けることで、相手がどのようになっていただけるのか。
大事な点をおざなりにして、ただただ早く動き出さねばと思っていたのです。
そのような心の現状について、記事を書いている時は自分でも気づいていませんでした。
焦る気持ちがどこからくるのか、きちんと見つめないまま、早く先に進まねばと無理して、駐在妻の方たちが「あるある」と言ってくれそうなことを書き連ねていたのです。
この記事を自分で見て、あなたはしっくりきていますか?
この記事には、あなたの魂が乗っていますか?
私という人間がどのような価値観で思考で性格で、どのようなことに長けていて、どのようなことが苦手なのか。
何ヶ月も私と対話を重ねてきた、Mコーチの真髄が表れた鋭い質問だと思いました。
私が重要な問題に答えを出さないまま動きだそうとしていることが、文章から感じ取れたのでしょう。
それが、この質問にこめられていました。
あらためて、「お金をいただくクライアントのことを、何ひとつ考えていなかった」と痛感させられたのです。
そういうわけで、活動の第一歩を踏み出そうとして、まだスタート地点にも立ってない自分を認識し、体が文字通り硬直してしまったのでした。
10. 焦りすぎて道がそれる
前に進もうという気持ちが先走り、最も大切なクライアントに対する想いを
置き去りにしていた私。
Mコーチの鋭い質問により、そのことに気づきます。
この「早くプロとして活動を始めなくては」という焦りは、別のところにも影響がありました。
アカウントだけを作っていた Instagram を通して、何をどう検索したのかビジネス案件の打診があったのです。
それは私が考えていた顧客層である「駐在妻の方」とは全くかけ離れた、
就職活動を控える女子大生に向けたサービスでした。
「女子就活生に向けて、コーチとして講座を開きませんか」という内容でした。
恥ずかしいことに、SNS発信すらままならない状況で、コーチとして全くもって何も始まっていないにも関わらず、プロのコーチとして扱われたことに
浮かれてしまいました。
なんと私は、そのビジネスにも手を出そうと思ったのです。
講座開設の初期費用なるものも支払い、講座の内容もいくつか作成しました。
自分がコーチとして講義している姿を想像して、ウキウキする毎日でした。
しかし、講座を開く前のオリエンテーションでふと気づくのです。
私がやろうとしていたことって、就活生に講義をすることなのか?
自分がお金を支払ってまで、やりたいことなのか?
ただ、自分が仕事をしているという感覚がほしいだけじゃないのか?
そう考えると、このサービス自体にも疑念が湧いてきて、ここでも先に進むことができませんでした。
(注)このサービスの理念はとても素晴らしいものでした。当時の私の心がブレすぎて、もはや外部に責任転嫁するまでに至っていたということです。
「やっぱり、辞めます。」
何ひとつ成し遂げていないのに、私はその場を立ち去ることとなりました。
相手にどうなってほしいのか?
大切なことをないがしろにして進もうとした結果が、これです。
進もうとしても、地面から壁がニョキニョキと生えてきて、「こっちの道じゃないでしょう」と言われている感覚。
一体、自分は何をしているのだろう…
私は、結局何もできないまま、疲れて果ててしまいました。
11. 駐在妻の本質を忘れていた
早く仕事をしなくては、という思いから予定外のビジネスに手を出そうとして疲弊する私。
SNS発信のための下書きに対して、Mコーチが発した
「その記事に、魂は乗っているのか?」
という言葉が気になっていました。
魂が乗るとは、どういうことなのか?
私は「自分が心の底から感じて、伝えたいことを書けているのか?」という意味だと捉えました。
そう考えると、最初に下書きをした「駐在妻のお悩みあるある」は、相手の気を引こうと書いたものばかり。
それに、「駐在妻」とひとくくりで呼ぶこと自体にも、実は抵抗があります。
駐在妻と言っても、1人として同じ感情や生活をしている人はいない。
みんなそれぞれ、たくさんの経験や想いを持ちながら、その人だけの駐在生活をしている。
それは、他でもない自分が一番分かっていることだったのに。
「駐在妻」というくくり方について悩んだ記事は、こちらです。↓
その上、「お悩みあるある」を並べ立てようとしていた。
みんな同じでしょ、という知ったかぶりもいいところだ。
自分が書いた内容は、なんと薄っぺらい表面的なものだったのだろうと、投稿前に止めてくれたMコーチに、あらためて感謝しました。
原点に戻ろう。
私は今、どうしてここにいるのか?
どうやって、ここまできたのか?
それこそが、未来のクライアントとなる人に伝えたいことではないのか?
海外で駐在生活を送りながら、次のステージに行きたいけど行けない。
変わりたいけど、変われない。
こんな風に私が通った道を、同じように歩いている人たちにこそ、自分の体験を、コーチングを、届けたい。
そんな想いが、じわじわと溢れ出てくるのを感じていました。
12. 素直な想いを届けようと決める
焦って意味不明な行動をする自分。
ようやく原点に戻り、コーチとして何ができるかをきちんと考えることができました。
SNS発信に四苦八苦していた私は、一旦インスタ投稿からは離れ、想いのまま、メモに書き綴ってみました。
自分がどのような状況で、どのように悩み、どのように前に進んできたか。
一気に書き上げた長文を、またMコーチに送りました。
Mコーチからの返事がくるまでの間、引き続き、私の気持ちは上がったり下がったりしていました。
壮絶な境遇を語るユーチューバーのチャンネルを見ては、
自分の悩みなんて取るに足らないのかもしれない。
贅沢いうな、と一蹴されて終わりかもしれない。
こんな文章を公開することなんて、意味がないかもしれない。
そんな風に、謎の不幸比べをしてみたり、自己開示を恐れたりと、毎日毎日、心が揺れ動いていました。
Mコーチから「素晴らしい!」の返事が来た時、どんなにホッとしたことか。この内容がダメだと言われたら、もう本当に書くことがない。
そう感じていたほどに、私は文章に「魂を乗せて」書いていたのです。
それも、ホッとした時に分かった自分の気持ちです。
私は、コーチとして世界をひっくり返すような大層なことができるとは思っていません。
ただ、進みたいけれど立ち止まってしまう人の気持ちが、ほんの少しわかるだけ。
そして、自分以外の人の力を借りたら、ぐんと歩みが速められることを知っているだけ。
時間をかけて、ゆっくりと、自分と向き合いながら一歩を踏み出せる人はそれでいい。
でも、私のように時間にまかせて、いつかきっと、と思っているうちに、時が過ぎ、歳を重ねて、急いで進もうとした時には、様々な要因から身動きできない。
そんな人の背中を、ちょっとでも押すことはできる。
次のステージへ行きたい気持ちを応援しながら、一歩、いや半歩でも踏み出すお手伝いはできる。
そのためには、まず私のことを知ってもらう必要がある。
その想いで、文章を書こう。
そう心に決めて、ようやくここにきました。
40代駐在妻、新たな一歩への葛藤 完
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