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コンテンツを浴び続ける消費人間を作る社会

緊急事態宣言が解除されて、図書館も開館した!子どもたちと早速本を借りに行ってきました。長女も最近では、僕が読んで欲しいなぁと思っていた歴史偉人系の漫画を手にとるようになり嬉しい限り。
本はいいです、読書はいい。人生を豊かにします。本もある種コンテンツですからね。一方で、子どもがハマりがちなYouTubeやテレビなどのコンテンツには制限が必要だと僕は考えています。

そう、暇さえあれば「テレビみたい」「YouTube!」「アマプラ!」とせがんできます。映画やテレビ、YouTubeだってそりゃ優良なコンテンツはありますよ。僕も見ます。しかし、見過ぎは良くない。

理由その1:習慣化して見たくもない番組をダラダラみてしまう

理由その2:コンテンツを受信することが当たり前になり、想像力や自分で生み出す力が欠如する

僕は特にその2の理由が恐ろしいと思っています。受信人間になると、無気力と言いますか、誰かに何かを与えてもらうことが当たり前になってくるのです。スイッチなどのゲーム機もそうですね。遊びのベースを提供されているから自分でクリエイトできない消費人間になってしまう。

消費人間を作るのは今目の前の利益を追求する分には正しいアクションなのだと思います。短期的に売り上げが上がりますからね。
しかし、長期的にみたら国の損失でしかない。受動的な人間ばかりが社会に出てきたら、新しい発想や新しい仕事を生み出せるクリエイティブな人材はいなくなってしまう。
まるでイギリスにアヘン中毒にさせられた清の国民のよう

コンテンツ丸ごと否定するつもりはありません。人間の叡智だし、知らなかった世界を教えてくれるものでもあります。
大事なのはそれを自制できるかどうか。ある程度決まった枠内で楽しみ、それをクリエイティブな遊びにも生かす。そういったバランスが重要なのだと思います。

そう、確かに子どもにコンテンツ与えていると勝手に遊んでくれるから楽なんですよ。僕もその誘惑にいつも駆られます。
でも、その制限は自分への制限でもある。(子どもが大人しい)制限時間内にやることやっちゃおう!と逆にモチベーションをかけて大人も頑張る必要がありますね。

ありがとうございます!これを励みに執筆活動頑張ります!