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僕のafter.311 《7》中国の風呂の中から見た枝野

「3月のうちに(放射能に汚染された)日本から離れられてラッキーだね」
なんてことを言われたこともありました。そんなときは「全然!」と全力で否定してやります。
家族が福島にいる。
生まれ育った故郷が30キロ圏内にある。
どうなっているのか心配で心配でたまらないし、今後どうなるのかわからない事は不安でしかない。
4号機も爆発するかもしれない。
そうなったら、今度こそ福島は終わる。
そんなときに何もできないなんてつらすぎる。せめて家族のため、仲の良い友人のためだけにでも役立てる時がくるんじゃないか。そう思っていた矢先の中国出張だ。家族に何かあってもすぐに駆けつけられない。それのどこがラッキーなんだ?

中国に到着した僕が最初に行ったのは、生産ラインの確認だった。どのラインも商品のあまりにひどい状態に開いた口が塞がらない。今生産済みの中で使える完成品はどれくらいで、修正可能な部品はどのくらいなのか、まずは数字を洗い出させた。その上で工場の責任者とスケジュールの再調整を行う。問題を洗い出し、それに対する解決策をクライアントに提示して了承をもらい、中国の現場で工場の責任者や担当者と費用とスケジュールに関する交渉をするのが僕の役割だ。中国での交渉は相手にビシッと言わなくては始まらない。弱気な姿を見せると彼らに舐められる。舐められてしまうと、要求を聞いてくれなくなり仕事にならないのが中国だ。中国人との交渉では、信頼関係の構築と威厳のキープが難しい。

僕の抱えていた案件は既に3つあったが、その全てでトラブルが発生していた上に、他の担当者の案件の確認も依頼された。当然、そっちでもトラブル続出だ。昼夜構わず5分おきに上司から電話がかかってくる。

「あの件確認したか?最優先な」
「さっき頼んでいた件はどうなった?」
「これも指示して、今すぐやって」

全て別件。さすがの僕も頭がパンクしてきてイライラし始め、上司に食ってかかった。


「僕は一人しかいないんです!!優先順位を教えてください!!」
「全部、最優先だ!!!」

もはや反論する気も失せる回答。日本でもテンパってるんだな、と僕は察してそれ以上上司に言うのをやめた。上司も、僕がテンパっていることを察してくれたのか、以後かかってくる電話の間隔は少しだけ空くようになった。

そんな毎日だったので、寝る時間もないくらいに忙しく、僕の精神はだんだんと病んでいった。1つ解決したらまた別なところで問題が起こる。同時に抱えているトラブルの処理が追いつかない。むしろ雪だるま式に問題が膨らんでいく。終わりが見えない。異国で頼る先もない。このまま死んだら楽になれるかな?もう日本から詰められることもないだろうか。いやせっかく中国にいるんだし、いっそこのままチベットにでも行って出家してしまおうか。冗談じゃなく本気でそんなことを考えるほど思い詰めていた。そんな僕に手を差し伸べてくれたのが、現地に駐在しているI先輩だった。
「とりあえず風呂行こう」
彼は仕事終わりにお風呂に誘ってくれた。中国の大きなホテルには豪華な大浴場がついている。そこで疲れを癒すのだ。お風呂ってのは何でこう、ほぅっとできるんだろう。副交感神経が優位になると同時に、お風呂にも入れない状態が何日も続いた被災地の人たちのことをふと思い出し、何だか急に申し訳ない気持ちになった。
大浴場には大きなテレビがついていた。ある日、ふとテレビに見知った顔が。枝野官房長官だ。

「ただちに影響はありません」

という彼の言葉は正直トラウマに近い。今でも顔を見るたびに思い出して気分が悪い。あの時は政府としてそう言うしかなかったのだろうが、果たしてあの言葉は判断として正しかったのだろうか。体にかなり影響はあったはずだ。原発から近ければ近いほどに。
中国のニュースでは、東北でまた大きな余震が起こったことを伝えていた。これまでで最大らしい。テレビには枝野官房長官の記者会見の様子が映っていたが、中国語のナレーションだけだったので日本語で何を言ったのかは全くわからなかった。ただ、僕の脳内では「ただちに影響はありません」がリフレインされ、疲れが癒えるどころか気分が悪くなった。

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