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無知の知・優しさの循環が見えてくる『こどもかいぎ』


INTRODUCTION

 保育園の年長さんを対象にして、疑問に思ったことを話し合う“こどもかいぎ”。その1年間を追ったドキュメンタリー。

  子どもたちがそれぞれ、「水ってどこから来てるの?」「赤ちゃんはどこからくるの?」「大人になったら何になりたい?」と、いろんな話題に対して「海の水はなくなっちゃう」と子どもらしい答えを返したりする様子がひたすら可愛らしい。


”こどもかいぎ”を主催する大人の態度

  一方で、これを主宰する大人の立ち位置が興味深い。OPのこどもかいぎで、カッキー先生は子どもたちの話す言葉を反復して、「どうしてそうなんだろうね?」と答えて、いったん言葉を受け止めたうえで更に深い思考を促す。子どもに対して押し付けにならない距離感で接する態度は、その後のインタビューで「〇〇かもしれない」と、断定を避けて応える姿勢からも伝わってくる。

  この態度は、言うは易し行うは難しで、子どもたちの話をバカにしたように笑ったり、気になる話題を意図的に選んで意見を付け加えるだけで、簡単に会議を先導してしまう。

  つまり、大人でも難しい会議を、園児と完璧に行うのは無理がある。でも、ユミコ先生はその葛藤としっかり対面していて、私はその態度にとても共感した。卒園式の練習で、好き勝手に騒ぐ子どもたちと対面した後のインタビューで「自分の一言が子どもたちを傷つけるかもしれない」と語っていた。この言葉は、真摯に相手に向き合っている対人職なら、常に考えていることだと思う。


世界を平和にする対話と態度


  そんな対話の機会を、こどもたちも先生も経験していることで、ピーステーブル(ケンカした時に座る対面の席)がうまく機能している。感情的になった子どもが喧嘩の場を離れて話し合いの場に就くことで、思ったことを言葉にする対話が始まる。もちろんそれで全部が解決するわけじゃないが、罵り合ったり闘う以外の選択肢を経験することが、冗談じゃなく世界を平和にするのだと思う。

 この対話は言葉に限ったことじゃないことも、映像として捉えている。言葉の通じない0歳児の表情でのやりとり。小さい子を叩く子どもに対して抱っこして撫でて、その子どもが小さい子を撫でるようになる様子。自転車を貸してもらった子が、自転車を貸す優しさの循環。対話は態度にもなるし、態度が対話にもなる。対立するんじゃなくて、解決しなくても対話のテーブルに立つことが、息をするように根付いている。



自分ごととして


 そんな場面の連続で、上映中に「メモとペンを持っておけば良かった!」と後悔。ここ最近特に、知ることと体感することに大きな隔たりを感じる私にとっては、またとない学びの場でした。

 私は文章にしたりじっくり考えるとそれなりに感情を言葉にできるのですが、あまり言語化が得意な方ではありません。この中にも、話が長くて言語化がうまいとは言えない子どもが出てきます。一見、かいぎや対話ができないように見えるその子ですが、自分より小さい子相手に「言葉にできないことはちゃんと先生に相談するんだよ。」と諭す場面があります。やはりここでも、対話の習慣、優しさの循環は生まれています。

 この映画を見た時、受刑者が更生する過程を映したドキュメンタリー映画『プリズンサークル』を思い出しました。受刑者同士の対話・体験を通して、自身の罪と向き合うワークショップは、対話を通して相手と自分の気持ちと向き合う行為が共通しています。

 戦争や過労死、いじめや自殺が当たり前のようになっている世界。少しでも相手の気持ちをわかろうとして、自分の気持ちをちゃんと伝えようとして、そんな気持ちを大切にしたうえで、その方法を身につけて拡げていくことが大切なんだろうなと実感する、素晴らしい映画でした。


引用

映画『こどもかいぎ』オフィシャルサイト

映画『プリズンサークル』公式ホームページ



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