見出し画像

どんな前提で世界を見ているか

33歳の時に斎藤一人さんの存在を知り
初めてYouTubeで音声を聞いて以来、
ずっと大好きです。

どのお話も好きなのですが、改めて『劣等感
のお話を聞いて、あ!っと気付いたことを
書いておこうと思います。

愚痴、泣きごと、不平、不満、悪口、
文句、心配事、許せない・・・
それらは全て【恐れ】からくるもの。

威張って怒鳴り散らしてる人も、
人の同情を買おうとしてる人も、
何かに恐れている人。

幼い頃の記憶でよく思い出されるのは、
父や姉に責められる母の姿。
「私が悪いんでしょ」と自分を責める母の言葉。

そんな母を精一杯、かばっていた幼い頃の私。
そんな風に言わないで、お母さんがかわいそう。
とにかく母の口からため息が出ないように
常に顔色をうかがい緊張していた身体。

近所の人間関係、職場での嫌なこと、
病気で苦しんだ話、事故に遭った時の恐怖、、

そんな話をいつも聞かされた。
大人になっても。

私はそんな
「世界は私を受け入れてくれない」という
メッセージを幼い頃から感じていた。

そうか、母はただ「恐れていた」んだ・・・
一人さんの音声を聞いてようやく理解できた。

一人さんの『劣等感』の話の中の言葉。
「恐れとは闇と同じ。電気つけたら消えちゃうの」


私は何を恐れている?


TODOリストでずっと後回しになっていること。
なぜ動けない?なぜ行動できない?

それを紐解いていくと
「人の反応が怖い」
私はそれを恐れていることに気付いた。

私の話は聞いてもらえないだろう。
人は反応してくれないだろう。
人は来てくれないだろう。
世の中に受け入れてもらえないだろう。

そんな内なる声が聞こえてきて行動に移せない。
いろんな言い訳をしてずっと後回しにしてきた。

「何かを言ったら反対されるだろう」

この意識が私の中にある。

私はいつも反対されていた。
これがしたい、これがいい!と両親へ話すと

「やめといたら」
「そんなの恥ずかしいよ」
「それよりこっちがいいんじゃない」

などと、母からはいつも否定や反対をされ
父は全くの無関心で何の反応もなかった。

いつしか両親へ話すことをやめた。
悩みがあっても相談することはなくなり、
母からは「あなたはなんでも勝手に決める」と言われるようになった。

「どうせ何を言っても反対される」

それが私の前提となった。

私にとっては
「人から反対される」のが当然、と。

私は出来る
私は出来る
私は出来る

アファメーションしてもうまくいかないのは
嘘だとほんのり分かってるから。

前提の存在すら認めずに、
恐れがあることを無視して

「私は出来る」を言い聞かせても、意味ないんだ。
恐れの上に綺麗な物を塗り重ねて誤魔化しても
心のモヤモヤとともに剥げてくる。


言い聞かせるという部分では前にnoteで
書いてたんですよね。

言い聞かせではない、心から
「ありのままで価値がある」と感じたいって。


これも同じ原理だよね。
どんなに言い聞かせようと、自分が嫌いで
自己受容すらできてないことに気付いてない
私は、私には価値があると言い聞かせても
前提となってる部分を見向きもせずに
上ばっかり見て。

だから苦しかったんだよなぁ。
ようやく気付けました。
ふぅ。。


人々は
それぞれの前提を持って
それぞれが世界を見ている。

それぞれの前提をもとに、
その前提を証明する結果を切り取る。
それが、世界(その人にとっての)。


母は私が困らないように、傷付かずに済む
ように、心配の気持ちから言ってくれてた
のだと分かる。

父が無反応だったのは不器用でうまく言葉では
表せられないけど、私の考えを好きなように
やってみればいい、という思いで反対も否定も
しなかったのだと分かる。

どれだけ二人から愛されていたのか。

ただ、私は話を聞いてほしかったし、
それいいねって認めてほしかった。
受け入れてほしかったんだっていう
正直な思いを伝えようと思います。

父には…言葉ではうまく言えないかもしれないけど、どうかな。

あの手紙を書いて、電話した以来の再会なので
とても緊張するけど、

「どうせ何を言っても反対される」

から

「私は受け入れてもらえてるみたい」

に前提を変えて、両親に会ってみます。


うん、ほんのりとした嘘は見当たらない。
自分に正直な言葉でアファメーションしてみよう。

少しずつ少しずつ変わる世界。
前提を自ら選んでいく。
私は、私を生きる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?