自由と共に今を生きる
習慣にしてるわけではないけど、時折ウォーキングをする。家から近所の公園まで。
一昨日と今日とで同じ時間帯に同じ経路で
ウォーキングして感じたことを。
一昨日は家の鍵だけ持って身一つで。
今夜は途中でお買い物がしたくてバッグに
お財布と携帯と持ってウォーキングへ。
お財布には10万円ほど入っている。
日中は気にならないけれど、夜7時。
大通りから入ると街灯も人通りも少なくて
引ったくりに遭わないかとか考えてしまう。
バッグを持つ手に力が入り、目的地の公園に
着いても一昨日のように夜風の心地良さや
月の美しさを感じる気持ちに深みがない。
そう、安心感が欠けているからだ。
一昨日は夜の公園のベンチでごろんと寝転がれ
たけど、今夜は出来なかった、、、
身一つで何も持たない自由さ。
持った途端感じる、失う恐怖、奪われるのではないかという疑心、緊張。
持たない自由さ。身軽さ。
これは何にも変え難いと実感した夜でした。
人はなにかを手に入れようとするけれど、手に入れるということは同時に、それを失い始めるということ。
この世に生まれた瞬間、死に向かい始める。
好きな人と付き合い始めた、結婚した、家族ができたと同時にいつかくる別れに向かい始める。
全てのものや出来事には同時に
同じだけ正反対のエネルギーが存在している。
有ることは無いこと。
無いことは有ること。
私は一人旅が好きで、海外でも夜の町を一人で探索するのが好きですが、日本みたいに夜の公園のベンチでごろん寝したりはさすがに出来ません。
女性一人で夜風を感じながらお散歩できる、
そんな治安の良い国に生まれ育っただけで
とても有難いことですね。
不安や緊張や恐怖に囚われることなく
人、モノ、コトに囚われることなく
自由であり続けたい。
月の明かりが夜風に揺れる椰子を照らす。
こんな美しい夜を目に焼き付けたい。
この心の充足を胸に焼き付けたい。
死に向かって歩んでいるとしても、
自由と共に今を生きたいと思う。
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