「黒川検事長を懲戒処分にしないことを誰が決めたのか問題」があらわにする、本当に深刻な問題

Ⅰ 「訓告が軽すぎる」か否かより、事態はずっと深刻

 「黒川検事長を、懲戒処分にするか、訓告にとどめるかを誰が決めたのか問題」、こんなことが問題になっていること自体が、すでに世も末感満載です。
 誰も胸を張って「自分が決めました」と言えないような措置でしたって、政府がみんなで自白合戦をしているような状態なわけですからね。
 しかし、この状況のあまりの滑稽さに惑わされることなく、この構造自体が、より本質的に間違っているということを、ちゃんと整理しなければなりません。


Ⅱ 「二段階の決定プロセス」がごっちゃになっている
  

 懲戒処分にするか訓告にとどめるか、というのは、フラットに検討される問題ではなく、論理的に検討する順番があるのです。

 すなわち
1 まず、黒川氏を国家公務員法上の懲戒処分にするかどうかを決める
2 懲戒処分にならなかった場合に、なお検察庁の組織内における措置として訓告にするかどうかを決める
 
 この順番で検討しなければなりません。

 懲戒処分と訓告とでは、その重要性が大きく違っていて、懲戒になるという判断がなされるなら、まずはそちらに従わなければならないからです。

 ここで重要なことは、1の懲戒処分にするかどうかを決めることは、まさに重大な処分であるため、任命権者しかできないということです。そして、検事長の任命権者は「内閣」であって「法務大臣」でも「検事総長」でもありません。(以下条文参照)


 内閣というのは、内閣総理大臣をトップとして行政をつかさどる合議体なので、法務大臣は、内閣の一員ではありますが、内閣そのものではないのです。法務省や検察庁も行政機関の一つですが、ここでいう検事長の任命権者たる「内閣」ではないのです。

ーーーーーーーーーーーー参照条文ーーーーーーーーーーーーーー

(懲戒権者)
第八十四条 懲戒処分は、任命権者が、これを行う。<国家公務員法>

第十五条 検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、天皇が、これを認証する。<検察庁法>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


Ⅲ 「内閣が決めたか法務省と検察庁が決めたか」という問題設定自体がありえない

 そのため、1の決定(=懲戒処分にするか否か)は、法律上、必ず「内閣」がやらなければなりません。
 したがって、「内閣が決めたのか法務省と検察庁が決めたのか」、という問題設定がなされること自体がおかしいのです。法律で任命権者(=懲戒処分権者)は「内閣」って決まっているのですから。
  
 それにもかかわらず、安倍総理は、自らが中心となって内閣が処分しないことを決したと認めず、菅官房長官も承知していないと言っている。予算委員会で、明確に承知していないと答弁している。
 官房長官が承知していない状況で、「内閣」が合議体として懲戒処分にしない意思決定をしているとは考えられないのです。

Ⅳ つまり、黒川検事長には、懲戒処分の可否について有効な意思決定がなされていない


 ということは、、、
 そもそも、黒川検事長は、懲戒処分にならないということが、まだ法律上決していないということになるはずです。判断する権限のある行政庁が、判断していないと言っているのですから。
 
 また、この時点で、法務省という組織の内部的対応である、2の措置(=訓告)をすることはできないということになります。黒川氏が懲戒処分になるなら、そちらにゆだねるべきだからです。
  
 つまり、法律上、今の時点で、黒川氏は、懲戒になるか否かの有効な決定がなされておらず、それにもかかわらず、事実上口頭で注意され訓告という形になり、自己都合で辞めた、という状況です。
 これはまさに、全く法律に基づいた行政運営がなされていないということです。

Ⅴ 内閣が、法律に則って物事を決めることを放棄するという<世も末感> 


 これは、本当に深刻な状況です。

 「内閣が、きちんと責任をもって、懲戒処分にしないという判断をし、それによって訓告にとどまったが、その処分が軽いと野党や国民から批判されている」という状況の方が、まだ全然マシです。
 
 法律上のルールに従って意思決定はなされており、その内容の適否が問題になっているからです。
 
 
 一方、今の状況は違います。
 「法律に従った意思決定自体がなされていない」のです。
 今の時点で、明確に、日本はまともな法治国家ではありません。
  
 それも、法務省は一度、法律に従った決定、すなわち「法務省と協議の結果、内閣による懲戒にしない旨の決定がなされた」と説明したのに、あとから官邸の意向で話を変えて、決めたのは法務省と検察で内閣は事後了承しただけだと言い張るに至ったのです。
 

 内閣として、法律上内閣にしかできない「懲戒処分の可否の意思決定」をしていませんと、わざわざ総理と官房長官が積極的に答弁しているのです。
 
 
 懲戒処分にしないということが軽いか否かより、よほどこっちの方がとんでもないのです。
 
 そして、よほどこっちの方がとんでもないことだということを、現行政権は理解していないのです。
 
 
 行政が、法律を守る気がないと宣言してしまうことの恐ろしさを、早くみんなで自覚しないと、本当にこの政府、法律に基づかずに、要請とか言いながら、一方的に国民の権利を制限したり、不利益を課したりしかねません。
実際に今、そうなりつつありませんか?

 
 訓告が軽すぎる、という批判も、もちろん重要なのでしょうが、これは価値判断の部分もあります。
 一方、内閣が法律に従う気がない、というのは国家の根幹にかかわる問題です。ここは絶対に許してはなりません。

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