見出し画像

今回の『新型コロナ関連法改正案』は、最悪の火事場泥棒法案である

1 火事場泥棒的にコロナ関連法案改正が提案された

 2021年1月7日に、一都三県に対して出された新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言は、同月14日に、大阪や愛知など7府県が対象に加えられ、11都府県が対象になりました。

 さらに、1月18日から始まる通常国会において、新型インフルエンザ特措法の改正案が提案されることになっています。

 現在の、新型コロナウイルスの流行状況や、医療キャパシティの逼迫度合いを考えると、国民生活に一定の制約を与えてでも感染拡大を食い止める必要があるという主張自体には一定の説得力があります。

 しかし、だからと言って、適切な民主的プロセスや損失補償、事後的な人権救済の手段等なく、行政による恣意的な強制手段を導入してしまうことは、新型コロナウイルスの猛威以上の重大な問題を社会に生じさせかねません。

 以下、今回の新型インフルエンザ特措法の改正案が、法の支配を破壊しかねない凶悪な改正内容である点について論じます。

2 現状の新型インフルエンザ特措法は、「弱い制約と緩い要件」というバランスの法律

 まず、前提として、現在の新型インフルエンザ特措法(新型コロナもこの法律が適用されている)<以下「特措法」といいます>の建付けについておさらいしておきましょう。

(2-1)新型インフル特措法の建付け

 まず重要なことは、この法律は、第5条に基本的人権の尊重を明確にうたっており、国民の自由と権利に制限が加えられるときでも、その制限は必要最小限でなければならないと規定されているということです。

 決して、感染拡大防止の必要があれば、行政の裁量で広範な国民の自由の制限を認める法律ではないということです。

(基本的人権の尊重)
第五条 国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。

 そのうえで、具体的な条項を見てみましょう。

 現行の特措法は、緊急事態宣言が出る前の時点では、法24条第9項という条文に基づいて、ごく一般的な協力要請ができます。ただし、これはあくまで要請であって、何らの強制力もありません。

 緊急事態宣言が出る前の時点で、地方公共団体の知事等が色々と要請するのは、一応この条項が根拠になっています。ただし、この条項を根拠に、あまり制約の強い要請等を行うことは、それ自体問題です。

(都道府県対策本部長の権限)
第二十四条 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、当該都道府県及び関係市町村並びに関係指定公共機関及び指定地方公共機関が実施する当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策に関する総合調整を行うことができる。
2~8 省略
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。

 一方、緊急事態宣言が発出されて以降は、特措法第45条を根拠にして、国民への外出自粛要請や、施設管理者等への施設使用制限等の要請・指示が出せるようになります。緊急事態宣言が出ると、要請に加え、指示までできるようになるのですが、これも、法的な強制力まではありません。もちろん、指示に従わなくても、罰則や過料はありません。

(感染を防止するための協力要請等)
第四十五条 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
4 特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。

 なお、要請や指示に従わなかった事業者に対して、制裁的に店名等の公表をしても良いかという点は、論点になりますが、これは違法になると考えられます。

<新型コロナ>飲食店が時短要請に応じなかったら公表してホントに良いのか?

 このように、現在の特措法は、国民や事業者に対する強制力がある命令や、それに従わない場合の過料等は存在しません。あくまで、市民や事業者に主体的に協力をしてもらうという立て付けです。

(2-2)制約が弱い代わりに損失補償等の条項はない

 特措法第45条による国民への自粛要請や施設管理者等への要請・指示は、いずれも法的拘束力がないものであるため、それに自主的に国民や事業者が従ったとしても、直ちに損失補償の対象とはされていません。

 確かに、従うか否かが形式的にも実質的にも任意であるならば、要請等の対象となっている者が、特別の犠牲を強いられているとまでは言えないとも思われます。

 そのため現在、飲食店の時短要請等に応じた事業者に支給されている協力金は、特措法に基づく損失補償として行われているのではなく、あくまで、行政から要請に従ってもらったことに対する、一種の報奨金という位置づけでの給付ということになります。

 たとえば、一律で一店舗1日当たり6万円といった定額の給付金が配られることになります。こうした定額の給付金は、配布する事務が簡便だという利点はありますが、事業者に現実に生じた損害と関係なく配られるため、ある事業者は得をしたり、ある事業者には全然足りなかったりといった不公平の問題が生じます。

 そのため、制約に一定の強制力を持たせ、その代わり、制約を受けた事業者等の損失額に連動した形できちんとした補償ないし費用補填をすべきだという議論は、従来からありました。こうした議論を夏前からきちんと行っておくべきでした。

 いずれにせよ、現行法上は、制約を受けた国民や事業者の損失を補填するための根拠となる規定は存在していないことになります。

(2-3)弱い制約を理由に緊急事態の発動要件が緩い

 現行法上の緊急事態宣言は、緊急事態といっても、国民に法定強制力ある制約を課すわけではありません。だからこそ、その発動に当たっては、国会承認を必要とはせず、ただし、国民の側が、緊急事態宣言がなぜ発動されたのかをきちんと理解するために、国会への報告を行うことが要件となっています。緊急事態宣言の延長を決める際にも、国会の承認は要りません。

 確かに、緊急事態宣言を発出せざるを得ない状況においては、必ずしも国会の事前承認を受ける暇がないということはあり得ます。しかし、その場合でも事後承認を受けることは可能なはずですし、少なくとも延長時には国会の承認が必要とされてしかるべきです。

 しかし、残念ながら、本法制定時及び新型コロナウイルスの適用を決めた前の改正時には、いずれも、「本法に基づく私権の制限が弱いこと」を大きな理由として、国会承認が不要とされ、今に至っています。

3 今回の改正によって、この法律は「強い制約」「緩い要件」「損失補償無し」という最悪の法制度となる

 今回の特措法改正によって、法第45条の2項に基づく要請に従わなかった場合には、指示ではなく「命令」を出すことができ、さらに、それに従わないと、立入検査や過料などの制裁措置も行えるようになるとされています。また、要請に従わない事業者等の公表も、制裁的に行うことができるようになるとされています。

 過料というのは刑事罰ではありませんが、経済的には罰金をとられているのと同じで、かつ何度も課される恐れもあるので、決して軽い制裁ではありません。さらに、これに立入検査や公表などを組み合わせれば、要請に応じない事業者を強制的に事業停止に追い込むことは容易です。

 つまり、これは、明確に制裁が課された強い制約が法律に定められるということです。

 その一方で、こうした強制力のある制約に従わざるを得なかった事業者等の損失補償は法律に明記されていません。あくまで、事業者に対する支援を講ずるよう努めるという努力義務しかないのです。

 上述したように、現在実施されているような協力金の仕組みは、事業者が被る損失と連動しないため、常に不公平の問題が生じます。少なくとも、営業時間の短縮等を強制力を持って事業者に強いるならば、彼らの被った損害に連動する形で、損失の補償や費用の補填を行わなければ、不当な営業活動の制約となります。

 今回のような危険なウイルスの感染拡大という事態に対応するために、一時的に事業者に強制力を持った営業制限を課すという制度自体は、きちんとした議論の上で法律に定める必要がある場合ももちろんあります。しかし、それはあくまで、適切な損失補償の枠組みを導入することとセットでなければなりません。また、もしも行き過ぎた制約が課せられた場合や、感染拡大防止との合理的な関連性のない制約であった場合などには、事後的に処分の取消や賠償請求といった救済措置が具備されていなければなりません。

 こうした人権保障の仕組みを全く強化することなく、強制力のある人権制限だけを規定する今回の改正は、人権保障の観点から明らかに不当です。

4 さらに『予防的措置』によって、緊急事態宣言を出す必要さえなく、行政は国民に強い制限を課せる

 今回の特措法の改正の問題は、「損失補償なき制約強化」の問題にとどまりません。
 緊急事態宣言下の強制力ある制約処分が、なんと、緊急事態宣言を出さなくても出せるようになるのです。

 これは、感染の蔓延防止措置を講じなければ、緊急事態宣言を出さざるを得なくなると政府対策本部長が認める場合に、予防的措置として、“新”緊急事態宣言下と同様の強制力ある対応ができるというものです。

 現在の政府担当者の説明では、予防的措置において、命令も出せる、立入検査もできる、過料も課せる、制裁的公表もできるということです。これでは、もはや緊急事態宣言を出す必要さえなくなります。

 さらに、予防的措置の実施には、国会報告さえ不要です。国会閉会中にも実施可能です。つまり、全く民主的統制はなされず、行政の一方的な判断でできる。期間制限も課せられていません。

 当然、損失補償や事後的人権救済の仕組みも規定されていません。

 確かに、新型コロナウイルスの感染拡大防止に当たっては、本当に感染が拡大してしまう前に予防的な対応をとるという考え方自体はあり得ます。しかし、このような法制度を選択するとしても、感染予防のために事業者の営業活動の自由や個人の移動の自由等を制限する場合には、十分な手続保障や損失補償等が必要なのは当然です。

 有事と平時の外延が不明確な予防対応においては、やはり強制すべきではありませんし、市民や事業者の自主的な協力を要請する場合でも、一定の支援措置とセットで考える必要があります。

 今回の改正案に入っている予防的措置は、国会承認も報告もなし、期間制限もなし、セットとなる支援規定もなし、それでいて課せられる制約はフルセットというものですから、最悪の内容なのです。

5 感染症法等の改正で入院拒否に罰則まで科せられるが、これは逆に医療崩壊を助長しかねない

 今回の法改正では、感染症法の改正も予定されており、これも重大な問題があります。

 すなわち、今回の感染症法改正では、新型コロナの陽性結果が出た場合に、自宅やホテル等での療養を要請され、それに応じないと、入院を勧告され、さらにそれにも応じないと罰則がかけられるとされています。

 これは、感染者の隔離を適切に進め、感染拡大を防止することを目的とした措置ですが、逆に医療崩壊を助長する恐れがあります。検査陽性者のうち、入院ではなく自宅やホテル等での療養が要請される人は、通常無症状かあるいは軽症患者ということになりますが、その人がこうした要請に応じないと無理やり入院させるという仕組みにすると、どんどん入院させなければならなくなるからです。

 軽症ないし無症状者にきちんと自宅等療養の指示を聞いてもらい、外に出ないでもらいたいなら、「一定期間の待機」自体に最小限の強制力をかけるべきで、それとパッケージで協力金等を支払うべきです。無症状の人は、自分のためには待機する必要はなく、社会的必要性に従って、無理いって待機してもらうので、それに一定の協力金を出すという形がシンプルです。

 「言うことを聞かなければ入院させる」「入院に応じなければ罰則」などというもって回った方法を選択すると、結果的に、無症状・軽症者を無理に入院させて空き病床を圧迫することになってしまうのです。

 極端な言い方をすれば、入院対象にならない軽症患者が、「でも心配だから入院したい」と思えば、自宅療養要請を拒絶すればよいのです。そうすれば入院を勧告してもらえるわけですから、軽症でも入院できます。

 こうした逆選択が起きてしまうような制度は、欠陥なので、作ってはいけません。

 さらに、既に不可能とも思われるクラスターつぶしのために、疫学的調査に協力する義務を課し、それにも違反者に罰則を科すという改正もされようとしています。

 しかし、こうした罰則を強めると、万一検査で陽性になっても、周りの人に迷惑をかけたくないという人は、多少熱があっても、喉が痛くても、よほどつらくならない限りは、検査を受けないようになります。すると、結局のところ、行政が把握できない市中感染が増えて、ますます感染拡大を制御できなくなります。

 罰則を科せば行政の狙い通り国民がコントロールできるというわけではないのです。

6 緊急事態宣言下のどさくさに紛れ、国民の恐怖を煽って著しい人権制約法案を通すのは、法治国家の政府がやることではない

 以上の通り、今回の特措法や感染症法等の新型コロナ関連法改正は、その内容において大きな人権侵害上の問題があるものですが、制定プロセス自体も極めて大きな問題があります。

 そもそも、今回の緊急事態宣言は、夏から秋にかけて、このままいくと冬になったらやばいぞと本当は多くの人が気が付いていたのに、政府も国会もそれを放置し、適切な医療キャパシティの強化策も取らず、十分に冷静な議論ができるタイミングでの特措法改正の議論もせずに放置し続けた結果です。

 無責任な不作為によってもたらされた危機を理由に、一方的に国民の側に制約を課し、行政の側に適正な手続き要件や補償義務を課さない法律を作ろうというのは、「火事場泥棒」以外の何物でもないのです。

 今は危機的状況なのだから、なんでもいいから法改正をして感染拡大を食い止めることが最優先だ、という火事場泥棒の強弁に、我々国民が、唯々諾々と従っていたのでは、日本国民の自由と権利は際限なく蝕まれていきます。

7 一方的な制約強化ではなく、民主的統制の確保(国会承認)と事後的救済(損失補償)をパッケージ化したまともな法律を国会は直ちに制定すべき

 現在のように、市中感染が一定規模以上に広がってしまっている状況では、より実効的な感染拡大阻止の手段を検討する必要があることはもちろんです。

 しかし、一方、適正な手続き的要件の整備や人権救済の仕組み、損失補償の仕組みを整えることも、同等以上に大事です。ですから、この両者は、きちんと両取りしなければダメなのです。

 そして、今、必死に議論すれば、バランスが取れた法改正をすることは可能です。時間が無いから仕方ないというのは、政府と与野党双方の責任放棄です。

 具体的には、以下のようなまともな法改正をすべきです。

1 緊急事態宣言の発出や延長には国会の承認を必要とする。

2 緊急事態宣言下における特定事業者の営業停止等の措置には一定の強制力を伴わせるが、必ず一定の損失補償や費用補填を行うことを特措法上に明記する。

3 予防的措置についても国会報告を必要とし、さらに強制力のある措置は含めない。それにともない、法24条9項に伴う要請等は、一般的・啓蒙的要請にとどめる運用を徹底する。

4 予防的措置及び緊急事態宣言下の措置によって、不利益を受けたものは、処分の取消や不服申し立てを行うことができる手続きを定める。

5 国会が、事後的に、予防的措置及び緊急事態宣言の効果と弊害等を検証することを明示する。

 私は、上記のようなバランスの取れた仕組みとなるならば、国民への一定の制約を含む法制度の導入は、許容されうると考えます。
 しかし、こうした議論を放棄して、強制力ある処分の実施も、給付等の可否や規模も、すべて政府に丸投げしてしまったら、どんどん行政による恣意的判断や運用が拡大されていくばかりです。そして、結局、それでは、私たちの生活も安全も守れません。

 その証拠に、まさに今、どんどん状況は悪くなっています。

 今こそ、私たち国民自身が、主権者として、あるべき法制度について、しっかりと声を上げるべきなのです。


 なお、この問題については、有志の皆さんと緊急声明を出しております。また、山尾志桜里議員が、速報のnoteを書いてくれています。この記事もぜひご参照ください。

【緊急事態宣言の再発出に慎重な対応を求める有志の緊急声明】

【政府のコロナ特措法改正案にみる5つの大問題を速報します】


 一緒に声明を出した倉持麟太郎弁護士も記事を書いていました。こちらもよろしかったら是非どうぞ。

新型インフル特措法等の改正を読み解く3つの視点

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?