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わたしの夏とマドレーヌ

お菓子づくりがしたい。 

唐突にそう思い立って、
実家に帰ることにした。

水玉のワンピースに袖を通したら、
お気に入りの帽子と赤い口紅だけ持って
車に乗り込む。

海岸線を走ると
右手側に都会の海が広がっていた。

朝日が水面に映ってキラキラ光る。

こんなふうに朝を迎えたのは
久しぶりだ。

わたしの実家は田舎にあるから
家が近くなるにつれ
自然の緑が多くなる。

新緑からしばらくたって
夏の日差しを経験した
少しお姉さんの葉っぱたち。

風に揺れる木々に心が躍った。


さて、家に着くと
すぐさま台所に立った。

一人暮らしのアパートと違い、
実家にはさまざまな調理器具が揃っている。 

母は昔からお菓子づくりをしていて
時間と共に増えていった泡立て器やボウルが
とても使いやすい。

今回は、夏の暑さの中でも扱いやすい
マドレーヌを作ることにした。

このところの日差しに影響されて
シチリアに思いを寄せていたのもある。

シチリアといえばレモンの産地で有名で
マドレーヌといえばあの貝の形と
レモンのキュッとした酸味が
お決まりだから。

レシピを見ると、
マドレーヌは卵と砂糖とはちみつとバターの塊で
小麦粉は少ししか入らない。

外はカリッと中はもっちりの
美味しいマドレーヌを作りたいなら
ダイエットと節約は忘れることだ。


早速卵と砂糖を混ぜる。

最初はじゃりじゃりしていた砂糖が
にちにちっと音を立てて卵に混ざってゆくのが
たまらなく楽しい。
(お菓子づくりする人はわかると思う)

こうして無心で、
粉を測ったり生地を混ぜたりしていると
ふと、意識が旅をする。

日々の暮らしの中で、
ありがたいことは沢山あるけれども
無理をしていることもまた多い。

一日は嫌なくらい長いのに
知らぬ間に一年が過ぎ去っていて
自分はどんどん歳を重ねていく。

誰かのために働くことも大事だけれど
「やらなきゃいけないこと」に追われて
気づいたらおばあちゃんなんて嫌だ。

心のままにやりたいことをやって
幸せを感じる時間を大切にしたい。

そんなことを考えていたら
いつの間にか生地が出来上がっていたので
冷蔵庫で数時間寝かせた。

あとは生地を貝型に8分目まで流し込んで
オーブンで15分くらい焼く。

すぐに生地が膨らみ始めた。

ぷわあ〜っお生地の表面が持ち上がり
まるで活火山のようにふつふつと沸いている。

部屋にはあまい匂いが立ち込める。

放射熱でおでこには汗が伝うのに、
オーブンの前から動くことができない。

ピーッと音が鳴ったら
天板を出す。

竹串でちぷっと刺せば
生地がついてこないのは焼けている合図。

マドレーヌを焼いた時にできる
生地の膨らみを「おへそ」と言うが
しっかりでべそちゃんになっていてカワイイ。

さて、マドレーヌはフランスのお菓子である。
合わせるならきっとカフェラテだろう。

しかし我が家はイギリスかぶれ。

ウエッジウッドのカップ&ソーサーで
紅茶を淹れることにした。




パターンの名前は「シトロン」と言って
深いブルーの背景に柑橘の黄色が映える逸品だ。

曇天続きのイギリス人が
晴天の南ヨーロッパに憧れて
作ったんだろうな…とニマニマしてしまう。

(ちなみに母のチョイスで、
とても美しいけれど今は廃盤となっている。
母が選ぶものがだいたい廃盤になるのは
また今度のおはなし。)

今日の湿った天気にはちょうどいいと思った。

さて、熱々の紅茶を一口飲んでから、
マドレーヌを頬張る。

バターと蜂蜜のにおいが口いっぱいに広がって
頭まで溶けちゃいそうになった。

そこへレモンの酸味が追いかけてきて
リッチなのに止まらない味わい。 

我ながらよくできた。

知り合いにプーさんがいたら
ぜひおすそ分けしに行きたい出来栄えだ。


買ったおやつの方が、
コストを抑えられるし時間もかからない。

食べすぎる心配もない。

でも、作っている時のワクワク感や
食べてくれる人の笑顔が
お茶の時間をさらに特別にしてくれるのだ。

もう一つ、マドレーヌに手を伸ばしつつ
今度は何を作ろうかな〜と考えるのも
また楽しい。

そよ風が部屋を通り抜けた、
ある夏の午後のこと。


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