いつものように(物語)
じぶんは感情が希薄な男だと思う。
長年つれそった妻が倒れた日も職場でいつものように机に向かっていた。
その日の夜、コンビニで買った弁当をひとりで食べた。
ひとりで食べる飯には慣れていた。じぶんが帰宅する頃には、いつも妻は先に夕食を済ませていて、作り置いた夕飯がぽつりと食卓に並べられていた。
「あんたがいると、世話がやけるわ」
そう言いながら、冷えたおかずを中途半端に電子レンジで温め直した。そして、またすぐにひとりでバラエティー番組をみにリビングに戻るのだ。
妻が倒れて病院に入院しても、夕飯事情はさしてかわらない。難儀なものだとひとこと心の中でつぶやいた。
*
それから数日が経って妻は驚くほどあっけなくこの世を去った。
じぶんはそれを職場で知った。そのときもまた、いつものように机に向かっていた。
その日の夜も、コンビニ弁当を買って、いつものようにひとりで夕飯を食べた。じぶんたち夫婦もこの冷めたコンビニ弁当のように冷え切っていたのかもな。なんてことを思いながら冷めた笑みを浮かべてみたりした。
いつものように、冷蔵庫に買い置きした冷えたビールを開け、グビグビと飲み干した。
いつもと何も変わらない夜。いつもと変わらないほろ苦いビール。
シャワーを浴びる。洗濯物は少したまり気味だった。ひとり暮らしが長かったから家事にはいくぶん慣れている。この先妻がいなくても、なんとかなるだろう。
そんなことよりも、目先の現実はいつものようにやってくる。明日もあるからそろそろ寝ようと、そのまま寝室に向かいベッドに潜り込んだ。
いつもなら、妻のみるバラエティー番組の雑音が隣室から漏れ聞こえてきてなかなか寝付けないものだった。いつもなら、そこで壁を軽くコンコンと小突く。すると、いつもなら妻はめんどうくさそうにTVの音量を気休めほどに下げてみせる。いつもなら。
コンコンと壁を小突いてみる。まったく空っぽの空間に異様に乾いた音だけが返ってきた。ここ数日は静かで眠りを妨げる物音は何もない。仰向けに薄暗い天井の一点を見つめている。これからはきっと毎晩よく眠れるだろう。難儀なものだ、そう心でつぶやいた。
その瞬間、するりとこぼれた涙がこめかみを濡らしていた。
いつもと少し違う夜。いつもとずっと違うこれから。
そうか、、、悲しみは引き算なのだ。難儀な出来事が重なってプラスされるわけじゃない。いつも変わらずそこにあった何かを失った時、それは不意にやってくる。
隣室から何も聞こえない静かな夜に、嗚咽だけが響いていた。
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