御伽噺


遥か昔、月が最も近づく国があった。

ーーーー年の14番目の星の日、一人の子供が産まれた。数年後、子供は星の輝きを瞳に宿した少年に育った。

少年は物語が好きだった。

家族や村の人から沢山の物語を聞くのが少年の日課だった。



とある国の王子と姫の物語
竜と戦う聖者の話
王国の騎士団の盛衰
妖精と少年の冒険
森に住む小人の小噺
悪魔と博士の悲劇
古い神々が語られる神話
そして、近所のちょっとした噂話。



いくつもの話を聞いた少年の頭の中はあっという間に物語でいっぱいになった。


何年か経って少年は青年となり、村を出て一人で暮らすようになった。
村から離れた街の中で小さな書店を開業し、毎日沢山の物語を読んでいた。

数多の物語と共に毎日を過ごしていた。

客は多くはなかったが食うには困らなかった。
朝は本を仕入れて、昼は硬いパンを食べ、夜は星を眺めながらゆったりと本を読む。

これから先もこんな時間が続くのだろうと、彼はそう思っていた。


ある時彼は、気まぐれに物語を書いてみた。

なんという事はない小さな御伽噺を。

昔誰かから聞いたような、そんな話を。

森で暮らす妖精が大きなケーキを作る。
テーブルよりも大きくて、椅子よりも高いケーキを、大きな切り株の上に乗せて森の動物たちと食べた。


そんな小さな物語を書いた。


その翌日。毎朝の日課通りに本を仕入れながら新聞を眺めると、不思議な記事が載っていた。

『西の森に巨大なケーキを発見』

まるで、自分が書いた物語が現実になったかのような、いや、実際に現実の物となっていた。
だから今度は他の話を書いた。


流れ星が落ちて、南の畑に魚が実った。白くて丸い変わった魚だった。魚は不思議な歌を唄うと、丸くなって土に潜ってカブになってしまった。


つまらない与太話。あり得ない筈の物語だった。それでも翌日には、紙面にそっくりそのまま自分の書いた通りの事が書いてあった。



彼はだんだん面白くなっていった。

星の輝きを宿す瞳は好奇心に煌めいていた。

だからその後も何度も書いた。

書いては紙面を読む。

嘘偽りが現実になる。

なんとおもしろおかしいことなのだろう。


ただ、楽しい時間は決して長くは続かなかった。


楽しい時間は幻へと変わってしまったのだった。

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