アリストテレス 前編


現実主義のギリシャ哲学

倫理について

いかなる技術、いかなる研究も、同じくまた、いかなる実践や選択
も、ことごとく何らかの善を希求している。そして究極の目的は最高善である。と
あります。つまり、行為することの目的は善である。ということです。
善とは、質にあってはあらゆる徳が、量にあっては適度が、関係にあっては有用が
時間にあっては好機が、場所にあっては適住地がそれである。と述べられています
特徴としてより小さい悪は、より大きい悪より好ましく、より大きい善は、より小さい
善より好ましいもの。とあります。
善の中に徳があり、徳は、すべて中庸において成立します。より具体的には、あらゆる徳は、過超、不足によって失われ、中庸によって在るということです。たとえば、財貨の贈与ならびに取得に関しての中庸は寛厚です。名誉に関してのそれは矜持であり、快楽に関してのそれは節制ということが言える。
徳を求める上で避けるべきものは、悪徳、獣性、無抑制である。しかし、獣性は、
獣類の持つ自然本性的なものなので、悪徳に比すれば、それほど悪しきもの
ではない。そして快楽にしても、すべてが徳に繋がるわけでなく、すべてが悪徳に繋がるわけでもない。というものです。アリストテレスは、たとえば見るということ、知るということ、記憶するということには、快楽が付随してくるがたとえ快楽が生じないにしても我々はこれを求めなければならない。と主張しているのだ。
刑罰に関する言及として、裁判官は、一方から利得を奪い、罰という損失をもって
それを均等にする存在であるべきというものがあります。これはAがBに暴力を加えた
ならばそれを裁くものは、Aから利得(利益)を奪い、損失を与えなければならない
というものです。
 
「学の関わるところのものは必然的なものごとに他ならない。したがってまた、
それは永遠的なものごとである。すべて無条件的に必然的であるところのものは、
即ち、永遠的なものであって、永遠的なものは、だが不生にして不滅である。」



論理学

三段論法
これに関しては、wikipediaに詳しいことが書いてあります。個人的には、
その生成過程のようなものを示しておくに留めます。

大前提:すべての人間は死すべきものである。
小前提:ソクラテスは人間である。
結論:ゆえにソクラテスは死すべきものである。

上記の文をつくるために、恒真の文を使います。「AならばAである。」
「AはAである」。というものです。「Aは~」と「~はAである」に分割し、
述語Bと主語Cを導入してAとイコールの関係にします。

大前提:AはBである。
小前提:CはAである。
結論:ゆえにCはBである。



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