戦略論・戦術論から考える、「検査によって医療崩壊が起こるはかつてない壮大なデマの可能性」について

※ 筆者はCOVID-19の専門家ではないので、医療的な記載は出典を明記した上で行うように気をつけました。以下、人名については存命の方は「氏」をつけ、そうでない方は歴史上の人物ということで敬称を略します。
※ タイトルは少々盛りましたが、可能な限り調べて考察してみたので、よかったら参考程度に見ていってください。


・はじめに
COVID-19について様々な情報を見ていたところで非常に違和感があったのが、「検査によって医療崩壊が起こる」という話です。こちらについては賛否が非常に大きかったのですが、一番典型的な例は孫正義氏の下記のツイート(3/11)が大きくバッシングされていたことです。

画像1


https://twitter.com/masason/status/1237670955826069504
こちらについて、非常に違和感を感じました。当時は「医療崩壊が起こる」という論調の方が強かったですが、多くの課題に対するアプローチとして現状把握をするのがまず一番だと筆者は考えているので、いまいち納得できなかったのを覚えています。そもそも検査について医療機関が行う必要性がいまいちわからなかったです。
東京などで感染者数が急増している4/4現在を考えるに、現状把握ができていないというのが各国に比べて判断が難しい状況になっている印象で、これについて振り返って考えてみようと思います。後出しの結果論で論述するのはフェアではないので、その辺は心がけて可能な限りフェアな論述に努めたいと思います。

当記事の結論としては、「検査によって医療崩壊が起こるは、戦術的な視点(感染対策チームの視点)では正しいが、戦略的な視点では大きな誤りである」というところにあります。
以下の目次に従い、詳しく論述していきます。
1. 戦略論・戦術論について
2. クラスター対策は戦術レベルの話
3. 戦略的な対応がなぜ取れないのか(どうすべきだったのか、これからどうすべきか)


1. 戦略論・戦術論について
まず1節では戦略論、戦術論について取り扱います。

画像2

https://ja.wikipedia.org/wiki/戦術#戦術と戦略
上記がWikipediaの「戦術と戦略」の記載ですが、ざっくりまとめるなら「戦略とは戦争全体を勝利に導くために行うこと」、「戦術とは個々の戦闘において勝利するために用いる手法」と考えておけば十分だと思います。
ちょっとわかりづらいので、ハンニバル戦争とも呼ばれる第二次ポエニ戦争について考えると、ハンニバルは戦術レベルでの圧勝を続けましたが、ローマのファビウス・マクシムスによる徹底した持久戦によって戦略レベルでは「ローマから同盟都市を離反させる」という目標を達成できず、最終的にはザマの戦いでスキピオ・アフリカヌスに敗れました。
https://lib-arts.hatenablog.com/entry/sociology4
https://ja.wikipedia.org/wiki/第二次ポエニ戦争
もう一例としてナポレオンも戦術レベルの天才でしたが、スペイン独立戦争によって背後を脅かされたり、ロシア戦役における大敗北などによる影響や、「ナポレオンが出てきたら小さく負け、部下と戦うようにする」などの戦略的な対処などによって段々と戦線の維持が難しくなっていきました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ナポレオン戦争#泥沼の戦い(スペイン独立戦争)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ナポレオン・ボナパルト

このように、単に戦術的な目標を達成したからと言って、戦略レベルで全体的に成功するとは限りません。ハンニバルもナポレオンも戦術レベルで見るなら、歴史上有数の天才とされていますが、そのことによって必ず戦いに勝利できるとは限らないというのがなかなか興味深いです。
この戦術と戦略に関する考え方は、軍事よりも経済が中心となった、現代においてもよく議論されたりします。ランチェスター戦略や孫子兵法など、聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。

1節の目的は戦略論、戦術論の基本的な理解をしていただければということだったので、ここまでの記載を序論として抑えておいていただけたらと思います。


2. クラスター対策は戦術レベルの話
2節では今回の日本の対策として用いられた「クラスター対策」について確認しようと思います。
https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf
クラスター対策班として従事されている東北大学大学院教授の押谷仁氏がまとめた上記スライドがわかりやすかったので、こちらを確認します。内容自体は納得のいくもので、お忙しい中作成いただき感謝です。

画像3

資料自体は非常にわかりやすいのと専門ではないので詳しい話は言及しません(詳細についてはそこまで気になる点もなかったです)が、上記が「対策の3本柱」となっているのでこちらだけ抜粋します。

(1) クラスター(集団)の早期発見・早期対応
(2) 患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保
(3) 医療提供体制の確保・市民の行動変容

上記の三点が挙げられています。これ自体は良いと思います。ですが、3本柱それぞれについて考えた際に、これが「検査をなるべく行わない」という理由にはなっていないと思います。一般市民には必要ないものの、時折調査目的でランダムサンプリングで行ったり、保健所判断ではなく医師判断で最初から行えるようにすべきだったのではと思います(これは資料の内容と矛盾しないと思います)。また、市民の行動変容という意味では感染者が多く報告されている方が行動変容に繋がったのではないかと思います。

最近では少々状況が変わってきたのを受けて、iPS細胞で有名なノーベル賞受賞者で有名な山中伸弥氏が5つの提言を出しています。
https://www.covid19-yamanaka.com/cont6/main.html
こちらについて筆者はノーベル賞受賞者が専門外の分野に口出しをすることでいらぬ誤解を受ける可能性があるにも関わらず、このような発信をされているというのを重く受け止めるべきと考えます。おそらく本人は余程の状況でない限り、専門外の分野のコメントするつもりはなかったと思います。

画像4

気になるのが提言3です。提言2の「感染者の症状に応じた受入れ体制の整備」が実行できる前提において、検査体制の強化をすることについて提言されています。これは「検査を行っても医療崩壊にはならないこと」が言われていると考えても良いと思います。

さて、押谷氏と山中氏の主張は矛盾するのでしょうか。筆者はしないと考えます。というのは、押谷氏はあくまで戦術レベルでベストな話を論じており、それに対し山中氏は戦略レベルで論じているからです。
冒頭で述べた、「検査によって医療崩壊が起こるは、戦術的な視点(感染対策チームの視点)では正しいが、戦略的な視点では大きな誤りである」というのにここで話がつながりました。


3. 戦略的な対応がなぜ取れないのか(どうすべきだったのか、これからどうすべきか)
さて、批判ばかりしても建設的ではないので、3節では「どうすべきだったのか、これからどうすべきか」について議論できればと思います。これについて筆者は、今回の問題においては「トップマネジメントの不在」が一番の問題だと考えています。
会見をいくつか拝見しましたが、適切なトップマネジメントや発信ができていたのが北海道知事、反対にできていなかったのが首相だと見ています。「マスク二枚」も話題になりましたが、少なくとも「マスク二枚」は戦術的な話で首相が満を持して発表する内容ではありません。厚労大臣にでも発表してもらえれば良いレベルの内容です。北海道知事の良かった点ですが、適切な状況把握を試みようとしていたこと、その上で知事の権限をフルに活用してその状況におけるベストを尽くそうとしていたという点です。(この後の結果次第で世の中の評価も変わる可能性もありますが、その時できるベストを尽くしたトップを責めるべきではありません。)

さて、あまり人物にフォーカスしても良くないと思うので、もう少し抽象化して論じたいと思います。今回一番違和感を感じたのは「トップマネジメントが情報収集に努めない」です。トップマネジメントにあたり意思決定というのは非常に重要ですが、意思決定は論理的に行う必要があります。そのため、しっかりエビデンスを明確にする必要があったと思います。
武漢の映像を見る限り、ただ事ではないというのは一般人でもわかったはずです。なので、トップマネジメントとしては、可能な限り情報収集に努める必要があったと思います。以下リスク要因として挙げられたものについてそれぞれ考えてみます。(覚えている範囲なので、違っていたらご指摘ください)

(1) 春節による旅行の対応
-> インバウンドビジネスの売上のために積極的な受け入れを行っていた印象です。こちらについては当時はそこまで注目していなかったので省略します。
(2) クルーズ船の対応
-> ここから危機感を感じるようになったのですが、明らかに対応を間違えていたと思います。基本的なゾーニングすらできていなかったという指摘が上がっており、こちらについては失敗でしょう。とはいえ、もっとまずいのはおそらく専門家なら誰でもわかったであろうこの話が改善されず、いまだにうやむやになっていることです。正直なところ、事態そのものよりも事実に基づいて客観的に分析できない雰囲気になっていることがまずいと感じました。
(3) 欧米での蔓延後の帰国者の対応
-> この辺から戦略面での対応の杜撰さが見られました。帰国者が空港に着いた際に公共交通機関は使わないようにと言われたとして、どうやって自宅まで帰れば良いのでしょうか。結局、陽性者が検査結果が出る前に国内線に乗って帰宅したケースもありましたが、帰国後すぐに他に手段はあったのでしょうか。せめて、国費で空港近くのホテルを借りて、滞在を指示するくらいはできたのではないでしょうか。
(4) K-1などの大規模イベントへの対応
-> 自己責任だと言われたとしたら事業者が運営ギリギリなら実施しますよね。スタッフ各位に支払いする必要もあるし高額の借金になるくらいなら、実施した方がマシだとなったのではないでしょうか。補填までは難しかったとして、せめてチケット代を払い戻ししなくて良いような指示の出し方はあったのではないでしょうか。
(5) 飲食店(特に繁華街)、ライブハウスなどへの対応
-> こちらも自己責任と言われたら2〜3週間が限界だと思います。家賃やスタッフの人件費などはどこもそれなりにかかるはずです。

(3)〜(5)の「自己責任」についてですが、意味がわかりませんでした。なぜかというと、「公衆衛生」の話なので、「自己で責任を取れる範囲ではない」からです。感染したとして、スーパースプレッダーになってしまったら、他の人の感染まで責任が取れるのでしょうか。
給付金による一律の保障が諸外国で実施され、日本でもこの点を実施しないことに大きな批判が上がりましたが、より本質的な問題は「所得分配」や「経済対策」ではなくて、「公衆衛生の維持」のための経費だという点があると思います。貯蓄のない世帯もあると聞きますし、「お金がないから外に出ないと」になってしまいます。
自己責任論を中心とする小さな政府だったとして、「公衆衛生の維持」は政府の仕事でしょう。諸外国が給付を惜しまないのはこういう点などを考慮しているからではないかと思います。


ここまでの話を総括した上で考えるに、「戦略レベルにおいて事実の把握と忌憚のない議論に努めようとすること」が必要なのではないでしょうか。今回については神戸大学の教授の岩田健太郎氏を個人的にはメインで参考にしています。
https://georgebest1969.typepad.jp/blog/
理由としては、専門的な能力については評価されていることと、専門家として忖度しないで発言されていることです。専門的な話題については詳しいところまで追っていませんが、基本的には納得のいく発信が多いです。あとは納得いかなかったとしても、議論の過程が見えるようにしてくれているので、素人なりに考えてみたりする事もできます。(時折極論が入っていたとして、個人の経歴などによるバイアスなどを除けば大体正確な状況が推測できますし、丸い意見よりも情報量が多いのでバイアスさえ除けるならむしろ考えやすいです。)

「事実に基づく議論がなぜ戦略的レベルで重要なのか」は、第二次世界大戦時などの日本を見るとわかると思います。情実人事で、上層部が責任を回避することで、最終的には支離滅裂な命令が出るようになっていました。同様の傾向が今回も見られるので気をつける方が良いのではないかと思います。肩書きは役割であって地位ではないことに注意が必要です。

とりあえず、戦略的な思考を行うにあたって、事実に基づいて議論ができるような状況になって欲しいなと思います。日本人は方針さえしっかり出ていれば結果の出せる民族だと思うので、大まかな方向性だけ正しい方向に進めてもらえればなと思っています。
あとは、ここまで書いてきた内容が単に心配し過ぎで終わってくれると良いのですが、、、、諸外国の状況を見てるとそうもいかないのかなと。。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?