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世界を変えたい?人種差別問題について

ポリスにイチャモンつけられた!
と朝から怒る旦那。
【目があったのにそらされたように見えて、身分証を持ってないのかと思った】
とのことで職質されたらしい。
でも旦那はサングラスしていたと。。

私の旦那は黒人です。
今この#BLMとかいう運動が起きてるし、
いつもより人種差別に神経質になっているのかな?

とにかくキレていて、
一日すっごくストレスフルだった。


それを聞いて、何も思わない私。


私の兄(日本人/強面じゃない。タトゥーなし)はアメリカに10年住んでいたときに、チャリ通学をしているだけで
ポリスにキャッチされてハンズアップされてボディチェックされていたのが日常と聞いていたから、

それに比べたらマシだね〜
外国人だししょうがないよね〜
くらいの反応だ。

これは人種差別だ!とか
社会は不平等で不公平だ!とか
国は助けてくれない!とか
政治はひどい!とか
サイレンス is バイオレンス!とか
凄いよね
芸能人の不倫やらにも
誰が悪い!何のせいだ!と忙しい。


え、じゃあさ、

世の人々は自分達の幸せを心底願っていて、

国のトップは私達のために良くしたいと本気で思って動いてくれていて、

学校教育や会社は個人を尊重していて、

夢と希望に満ち満ちて才能が開花されるような教育/社会で、

目に入るメディアは常に私たちを良くするための発信しかしなくて…

世界はそんなに素晴らしくて優しいばかりって本当に思ってる!?


本当に思ってるの!?

何をいまさら!と思う。

私は5歳から10歳半までインドネシアとタイの日本人学校で育った。
その学校教育が素晴らしすぎて忘れられないレベルで、あの教育を我が子に手渡したいと思っている。

個性を尊重して、
協調性と自己主張のバランスが最高で、
まさに国際人を育てる教育で、
自由で伸び伸びさせながらも
子供たちの才能が開花されるような教育システムだったと子どもながらにしっかり覚えている。

私の幼少期、まさに、

世界は素晴らしかった。


それが日本に帰ってきたら

一瞬にして世界が変わった。

10歳で自分を確立させていた帰国子女は、
何年経っても日本で馴染む場所かなかった。
常に窮屈に感じてきた。
まぁ、そのときに感じた思いで言えば
帰国子女差別ということになるのだろうけど
今思えば、しょうがないよね。
もう人種が違うのかと思うくらい性格も性質も周りと違ったので、
日本側からしたら、異端で違和感でしかないはず。学校も先生も扱いづらくてどうしていいか分からないだろう。
誰も悪くない。
みな、進化の過程。


私の10代は怒りだった。

〇〇は間違ってる!
先生はおかしい!!
学校は変!!!
この教育は気持ち悪い!!
この校則は理不尽!!!
今の先生の発言、狂ってる!(メモる)


〇〇反対!!


を散々やり切った。

周りは疑問を感じていなくて、
もしくはそれが当たり前と飲んでいて、
私だけが違和感と理不尽しかなくて
耐えられず声を上げずにはいられず
戦ってるのはいつも1人だった。
結果、戦い疲れて病気になった。
足の爪が一枚剥がれて生えてこなくなったり、
全くトラブルのなかった肌は奇妙なアトピーに覆われた。

どんなに、〇〇反対!
を掲げても世界は変わらなかった。

私は一切、金輪際、
学校、社会、国、外側に
変わってもらう希望は諦めた。
期待を全て捨てた。
16歳だった。

唯一の自己表現だった踊りに没頭した。

とにかく狂ったように叫ぶように踊った。

寝る間も惜しんで踊った。

我を忘れて没頭した。

外側に期待しても何も変わらずストレスしかないけど、
内側を満たせば果てしなく崇高な快楽があった。


あれから約20年。

本当にやり切って諦めたので
徹底的に期待しないでいるのは続いている。

すると、え!こんなサポートしてくれるの!?
ありがとうー!!!

って感動する事の方が多くなった。

妊娠したときに、国のサポートや区のサポートなどあるのを初めて知って、びっくりしたくらい。

えー!凄い。お金くれるのー?優しい〜!って。笑

だから案外思ってたより世界は優しいじゃん!となっている。

コロナで経済的被害を受けているけれど、

最低を想定&準備出来ていなかったフリーランスとしての自己責任だと思っているので
支援金/補助金ありがたい。

10代で徹底的に社会へ絶望したお陰で

私の中で

100%自分原因説が確立された。

全て自己責任。

"自由に生きる"の裏側に付随するもの。

この覚悟を持つと、

日本の義務教育の洗脳訓練所から解放されてからずっと幸せ。

フリーランスで自分の好きな事を好きな人とだけでストレスフリーに踊りで仕事を出来ていて幸せ。

日本に住んでいても堅苦しい組織に属さず
自分の快適な世界を築けていて幸せ。

私は私を貫ける環境にあって幸せ。

20代の10年間は、

世界への絶望を受け入れた上で、
本当に自分に集中するということの意味を知った。

この絶望し切った経験は財産になっている。

今は、外側に対する怒りなどなく、達観視している。

だって、そういうものだよ。
そもそも世界は不平等だし人種差別もある。
人間は自分が知らないものは怖いし、
珍しいものは奇妙だから反応する。
それは動物としての脳の本能的な働きなんだろう。
それを選択をするかしないかは自分次第だけど。

"ある意図"による教育という名の洗脳もある。
その上で生きていくんだよ。

闇を見ないなんて、絶望しないなんて

何おとぎばなしみたいな希望持っちゃってるの。

と思う。

現実は直視する。

こんな社会の洗脳から逃げ逃げの人生を送ってきた私が子どもを授かり、

また"社会"と関わらなくてはいけない事には正直気が重くもあった。

社会の洗脳にドップリ漬かりきっている人達や感性合わない人との人間関係もド下手なので。

子どもが学校に行きたくないと言ったら行かなくても良いと言うだろうし、
子どもがこれは理不尽だ!傷ついた!学校に伝えたい!というならば、気が済むまでやらせるだろう。

子どもの個性や感性を潰さないように
全力で守るだろう。
絶対に唯一の味方でいるだろう。

もしハーフである彼女が、

世界はどんなものなのかを知って

絶望した後には、

這い上がって来た時は、

より知恵をつけて、

より賢いやり方で、

自分の幸せにコミットするだろう。

外に期待せずに自分で自分を幸せにするために、

彼女の人生の脇役として全力でサポートする。
社会から逃げ切ったとしても楽しめる人生が送れることを見せ続けたい。

彼女の目に映る世界は希望しかない。

でもま、
もちろん心のどっかでは、
私が見て来た世界よりも
彼女が見る世界はより良いものに
教育がより良いものになることは
一番に願っております。
(徹底的にそういう学校を選べる選択肢や経済力をつけるというのも親のやれることだしね)

反対も期待もしないけど願っています。

より、世界は開けて、
人種や肌の色で判断されない生きやすい世界で子どもが学校に楽しく行けるのならばそんな幸せなことはない。

ま、そうでなかったとしても大丈夫ってこと。

打つ手はあるってこと。

自分のやれる事をやる。

それしか世界は変えられないと

思うのです。


#ハーフベイビー
#ハーフの子育て
#人種差別問題
#BLM





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