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いま思うとあれが初恋の始まりなんだよね。#2000字のドラマ

「あはは〜楽しい!」
すっかり暗くなった部活帰り、私とユウは2ケツして緩やかな坂を下っていた。

「前の二人乗りの自転車、止まりなさい!すぐ止まりなさい!」
突然、後ろからパトカーに乗った警察官に叫ばれ、驚いたユウは急ブレーキを掛けた。

その拍子に傾いた自転車から転げ落ちた私はパトカーに乗せられ、手当てを受けた。
バス通りにある小さな交番。
いつもバスの中から見ていたけど中に入るのは初めてだった。
そりゃあ普通の人は入らないよね。

TVでしか見たことのない青い制服を着た警察官に包帯を巻いてもらってるところに、自転車で追いかけて来たユウが入ってきた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ズキズキするけど擦りむいただけ」
そう言って笑ったけど私の顔は引きつっていただろう。

「二人揃ったから調書取ろうかな。部活帰り?」
そう言って、さっきパトカーの助手席から叫んだ大柄な警察官がバインダーを持って奥から出てきた。
どうやら所長らしい。

「そこの高校?何部?二人乗りしちゃダメなのは知ってるよね?」
「はい、百合ヶ丘高校のバレー部です。今日は部活で疲れたからバス停まで歩くのがダルくて、ユウの自転車に乗せてもらいました。ごめんなさい」

私が謝ると同時にユウも頭を下げた。
「リカは新入りでバレー経験もないから部活後に残って自主練してるんです。今日は部活も厳しかったから帰りにバス停まで乗せてってあげようと思って…ごめんなさい」

うっすら涙を浮かべたユウの顔を見て、所長はふうーっとため息をついて言った。
「とりあえずここに二人の名前書いてよ。厳重注意したと言うことで。君たち1年生?」

「はい、そうです」
緊張しながら署名する手元に温かいお茶が置かれる。
「そうか。ワシの息子も1年生だがバイトに明け暮れとる。社会勉強になるからとか言ってな」
そう言って笑った所長の顔が優しくてどこかホッとした。

「私もバイトしたいけど自主練で時間がなくて。いま体力もないけど」
「私も。バイトして買いたい物があるんです」
お茶を飲み干したユウがすぐさま続いた。

「そう言えば昨日、配達に来た後藤くんが忙しくて猫の手も借りたいって言ってたよな?」
腕を組みながら所長は後ろを振り返った。
「センターが忙しくてサボるにサボれないって急いで帰って行きましたね」
さっき手当てをしてくれたもう一人の警察官がそう答えた。

「あそこは高校の裏だったな。よしワシがバイトできるか聞いといてあげよう」
所長はそう言って手渡されたコーヒーをゴクリと飲んだ。

「え、本当ですか?」
私とユウはほぼ同時に顔を見合わせた。

「もうすぐ冬休みだ。ワシの親戚と言うことにしてバイトさせてもらえないかセンター長に聞いてあげよう。どうせ毎日ここを通るのだろう?1週間後ぐらいにまた来なさい」

所長からの思いがけない提案に私たちは喜んだ。
最近、ユウとバイトがしたいねって話していたから。
交番の所長が紹介してくれる所なら信用できるだろう。

「じゃあもう遅いから。ここからバス停までは自転車に乗らず歩いて行きなさいよ」
所長はドアを開け、外に出て私たちを見送ってくれた。

ちょうど交番あたりから登り坂になる。
ユウは私を心配してバス停まで付いてきてくれた。
「なんだか色んなことが起きたね」
自転車を押しながらそう言った。

「そうだね。部活でしごかれて自主練でもう限界〜ってなってユウが後ろに乗りなよって言ってくれて。下り坂できゃ〜楽しいって騒いじゃってパトカーに怒られて落っこちちゃって。痛〜い痛〜いって叫んだら大きな傷パッド貼ってくれて。熱いお茶もらって落ち着いたらバイトの話になって。あれよあれよと言う間に所長さんがバイト先紹介してくれるって言ってくれて」

息もつかずしゃべり切った私は思いっきり空気を吸い込んだ。
クジラがプランクトンを飲み込むような顔の私を見てユウはずっと笑っていた。

バス停に着いた時、私は言った。
「高校生になったら3つ、叶えたいことがあったんだ。1つ目はバレー部に入部すること。2つ目はバイトを始めること。3つ目は恋愛すること」

「れ、恋愛?」
ユウは大きな目をさらに大きく見開いた。

「うん。彼氏が欲しいなあって思って」
「じゃあさ、2つ目は叶うかもしれないから後は彼氏だけだね」
「高校3年間のうちにユウも一緒に彼氏見つけようよ。そんでWデートとかしちゃおう」
「うんうん、それいいね」

1週間後、ユウとあの交番へ行った。
約束通り所長はバイトの話をつけてくれていた。
「冬休みの部活は午前中と聞いたから仕事は13時から17時までだそうだ。簡単な仕分けみたいだよ。詳しいことは冬休み初日に説明するらしいから取り敢えず行って来なさい。リカちゃんがワシの姪っ子って言ってあるから」

「ありがとうございます!」
私とユウは同時に頭を下げ、ハイタッチをして喜んだ。
そして、バイト先で初恋の相手が現れるなんてこの時は思いもしない私がいた。

(完)


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