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バレるよ、私用で車を使ったって/青春物語31

雪道をノロノロと走りながら富樫さんは言った。
「映画でも観に行くか?」
「うん、行こう行こう」
大川ちゃんが即座に答えた。

「すいません。その前に家まで送ってもらえますか?親に顔を見せなきゃ」
私は遠慮がちに言った。
「そうだったね。昨日から帰ってないもんね」

4人での楽しいドライブだった。
さっき感じた永尾さんへの嫌悪感みたいなものは消えていた。
彼の本気だか気まぐれだかわからない言動に一喜一憂している自分が滑稽に思えただけだった。

やがて支社まで来た。
「ここからの道がわからないから教えてね」
富樫さんは振り向きがちに私に言った。

「俺、だいたいならわかるよ」
助手席の永尾さんが口を挟んだ。
「ん?お前、桜田さんち知ってるの?」
「一度だけ送って行ったことあるんだよ。看板車で」
「へぇそうなんだ?」

それは何ヶ月か前、彼と親しくなり始めた時だった。
その日は小林さんが当直で、私は残業していた。

「おい小林、差し入れ持って来たぞ」
その声で振り返ると受付に永尾さんがお菓子を持って立っていた。

「お前、こんな花金に当直なんて可哀想だなぁ」
「なに言ってる。お前だって暇だからここへ来たんだろう」
「そりゃそうだ」
そう言って彼は笑った。

「桜田さんも残業?花金なのに」
「そう。今月は忙しいの」
「経理って大変なんだな」
「あらっ営業もでしょ。研修の成果出さなきゃね」
「それ、すごいプレッシャー」
彼は笑いながら受付の小林さんの隣の椅子に座った。

21時が近づいた頃、彼はパソコン前の私に言った。
「家まで送って行くよ。俺も看板車与えられたから」
「いいよ、まだこの辺の道、覚えてないでしょ?寮まで帰って来れなくなるよ」
「そんなこと大丈夫だよ」
「でもタコメーターでバレるよ。私用で車使ったって」
「そんなに詳しくチェックしてないから、いいって」
「でも…もう遅いからいいよ」
「遅いから心配なんだよっ」
彼は少し強い口調で言った。

急いで着替えて裏口の駐車場に行くと彼が車の前で立っていた。
「お待たせ。わざわざごめんね」
「いいよ。暇だからさ」
「なんか緊張するなぁ」
「それはこっちのセリフ。この間の社員旅行、思い出しちゃうよ」
彼はそう言いながら車に乗り込んだ。

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