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好きになれば良かったのに…/青春物語52

その時だった。
芝木さんが私に近づいて言った。
「桜田さん、僕とも踊ってよ」
私たちはその声を聞いて咄嗟に離れた。

「はい。踊りましょう、踊りましょう」
私はそう言って、さっきみたいに芝木さんとグルグル回り始めた。
そのあとパーティーが終わるまで永尾さんと言葉を交わすことはなかった。

最後は支社長の三本締めで終わり、二次会へ行く人たち、その場を去り難い人たちで騒然としていた。
そんな中、私を見つけた天野ちゃんが駆け寄って来て言った。
「桜田ちゃん、永尾さんが呼んでるよ」
「えっ、永尾さんが?何の用?」
「わかんないけど桜田ちゃん呼んで来てって。二次会行くんじゃない?」
「イヤだよ。用があるなら永尾さんから来ればいいのに。そう伝えて来て」

まもなくしてまた天野ちゃんがやって来た。
「話がしたいからこっちに来て欲しいんだって」
「どこにいるの?」
「駐車場」
「なんで自分で来ないの?」
「田中さんの目があるからじゃない?」
「それなら尚更イヤだよ。なんで彼女の目を気にして話さなきゃならないの?」
「私にはわかんないよ。ただ頼まれただけだもん」
「ごめんね。一人でもう帰るよ。会ったらもう帰ったって伝えといてくれる?」
「いいの?」
「うん。もういいんだ、今さら…。今日は色々ありがとうね」
私はそう言ってバッグを手にした。

「好きになれば良かったのに」
そう言った永尾さんの顔が頭から離れないでいた。
あの時、芝木さんが来なければ自分を見失っていたかもしれない。
今も好きだって、泣き叫んだかもしれない。

駐車場で彼と会わないように正面玄関から出て行った。
小走りでバス停に向かってると行き先の違うバスがやって来た。
次のバスを待っていたら彼と出会ってしまう、と急いで乗り込んだ。

窓の外を見ながら、さっきまでのパーティーのことを思い出していた。
思いがけない彼からの「ずっと好きだった」って言葉。
泣いて、笑って、そしていつかのように踊った。
本当に色々なことがあった。
でも彼の中で私とのことは、もう想い出の1ページに過ぎなかった。
今、悪戯な風によってページがペラペラめくれただけだ。
そう頭の中ではわかっていても彼の顔が離れないでいた。

やがて見慣れない街にバスは入って行ったが、途中下車する気が起こらなかった。
このまま彼のいない所に行きたいな、本気でそう思い始めていた。
いつしかフワフワと雪が舞い始めていた。
2年前のあの日も雪が降ったな、そう思ったら涙が頬を伝った。