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どこまでが本気でどこまでが冗談なのか/青春物語11

彼は息を切らしていた。
私はその姿を伏し目がちに見て「あっおかえりなさい」と言った。

「元気だった?」
「うん、元気だったよ。永尾さんは?」
「俺、毎朝のマラソンがキツくてへこたれていたんだよ」
「ああ地獄の早朝マラソンね?空腹で走れないよね?」
「そうそう。日中はバッチリ研修だし。早く帰りたかったよ」
「そりゃあ全国期待のニューフェイス達の研修だもん。しごかれたでしょう?」
「もう本当にクタクタだったよ。でも最後の2日間は桜田さんの声が聞けて頑張れた」
彼のその何気ない一言に私の心は揺れた。

「もう行かなきゃ。バスの時間だから」
「ごめん。ずっと話したかったから」
「言う人、間違えてない?」
私はそう言って笑った。

「間違えてないよ」
彼は急に真面目な顔つきで言った。
「そう?だって彼女いるじゃない。あ、彼女の声は毎日聞いていたか…」
「聞いてないよ。桜田さんの声が聞きたかったんだよ」
「ん?その手には乗らないよ。じゃあ行くね。バイバイ」

私はわざとおどけて言った。
4年も付き合ってる彼女がいるのに、からかわれているような気がしてならなかった。
でも真面目な顔つきの彼が頭から離れなかった。
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか検討がつかなかった。
ただ、自分が傷つくのを恐れていた。
本当の気持ちを隠して平然としている可愛げのない私がそこにいた。

家に帰ってきて健太郎先輩から電話があった。
「久しぶり。この前電話くれたんだって?」
「うん、どうしてるかな?と思って。元気だった?」
「最近忙しくてまともに家に帰ってないよ。着替えを取りにいくだけ」
「そうなの?私も毎日忙しくて今ちょうど帰って来たところなんだ」
「じゃあ疲れているだろうから切るよ。またな」
「うん、またね」
久しぶりの電話だったのにすぐ受話器を置けたのは、すでに永尾さんが心を占めていたからかもしれなかった。