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彼との想い出が走馬灯のように…/青春物語53

とうとう退社の日がやって来た。
いつもとなんら変わりなく、今日で辞めるんだという気はしなかった。
でもさすがに終業時間が近づき、誰かに声を掛けられるたび胸が詰まっていった。

終業を告げる音楽が流れると、まず部署内で挨拶をし、そのあと他部署への挨拶回りを始めた。
そして他部署の人たちと挨拶をしては名残惜しくその場で話し込んでいた。

どれぐらい経っただろう?
やっと自分の席に戻ると受付に永尾さんが座っていた。

彼とはあのパーティー以来、言葉を交わしていなかった。
あの日、彼の気持ちを知った。
だけどそれは過去のことに過ぎなかった。
そして、もうこのまま彼の姿が見えないところに行きたいって本気で思った。
雪が舞い散る中、知らない街でバスを降り、冷たいベンチで座り込んでいた。
彼との想い出が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
溢れる涙と共に。
そして寒さに震え出した時、酔いも冷めて現実に戻っていった。

彼は当直だった。
私の退社の日に偶然なのかどうかわからなかったが、私は最後まで社内にいようと思った。
私の周りに数人が取り囲んでいたが、彼は受付に座ったままだった。
時折チラッと振り返ったが、近寄ることも言葉を掛けることもなかった。

社内がまばらになった頃、芝木さんが送ってくれることになった。
私は涙を浮かべながら、もう一度周りにいた人たちに挨拶をした。
ふいに永尾さんが立ち上がって私を見たが、無言で階段を降りて行った。

そして彼と最後に言葉を交わすでもなく、私は退社した。