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俺がそばにいるみたいでいいんじゃない?/青春物語28

彼が離れると、それまで黙って私の隣にいた天野ちゃんが言った。
「あれ絶対、永尾さんも桜田ちゃんに気があるよ」
「そんなことないよ」
「だってコート着てストーブに当たってるのにダウン掛けて行くんだよ?」
「女の子に優しいんだよ、永尾さんは」
「自分は雪の中、出て行くのに着ないなんてさ」
「だから優しいんだって」
「今がチャンスだよ。気持ち伝えなよ」
「・・うん。できるかな」
そう言って私は彼のダウンに首をすくめた。

彼の匂いがした。
私は昨日のタクシーの中でのことを思い出した。

私が泣いている時、彼はそっと肩を抱いてくれた。
「桜田さんっていい匂いがするね」
「えっ?」
永尾さんのハンカチで涙を拭いながら顔を上げた。

「これってムスク?」
「よく知ってるね」
「まぁね」
彼女も付けていた?と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。
二人っきりの世界に彼女を引き合いに出したくなかった。

「永尾さんもいい匂いするよ」
彼の肩にそっと寄りかかりながら私は言った。

「ん?そう?」
「うん。これタクティクスだよね」
「そう。桜田さんこそ良く知ってるじゃない。彼氏が付けてた?」
「えっ違うよ」
彼は私が聞こうとしたことを見透かしたように私の彼氏を引き合いに出した。

「そんな話はやめて。もう過ぎたことだもん」
「あっごめん。深い意味はなかったんだけど」
彼はそう言って私の頭をポンと叩いた。

「本当はいつも永尾さんの匂い、いいなぁと思っていたの。この間そのコロン、偶然見つけたよ」
「そうなんだ?言えば教えてやったのに」
「そんなの聞けるわけないよ」
「なんで?お揃いでつければいいじゃん」
「だってそれ、男の人のコロンでしょ」
「そうだけど。いつも俺がそばにいるみたいでいいんじゃない?」
その言葉を聞いた私は黙ってしまった。
彼は何の気なしに言った言葉にハッとしたようだった。

「冗談だよ。なに黙ってるの?」
「だって・・」
「・・じゃないって言ったらどうする?」
「えっ?」
「冗談じゃないんだ」