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嘘つき!安心しろよって言ったじゃない!/青春物語48

私の心は退社を決めてから軽くなっていった。
この先、もう永尾さんの顔を見ることはないだろう。
それはそれで悲しかったが、もう付き合っている二人の姿に目を背けなくても良いのだと思うと気分的に楽だった。

今年も会社恒例のクリスマスパーティーが開かれた。
私にとっての最後のパーティーだった。
退社することを知っていた人たちがビール片手に私の周りに集まっていた。
談笑をしながら一人一人の顔を目に焼き付けていた。

「桜田さん、水割り飲む?」
ふいに背後から聞き慣れた声がした。
振り返るとうっすら赤い顔をした永尾さんが、同期の高岡さん達とグラスを持って立っていた。
薄明かりの下だったが彼の顔をまともに見るのは数ヶ月ぶりだった。
驚いた私は「うん、飲む」とだけ言った。
「じゃあ俺、持って来てあげるよ」
そう言って彼は、私のビールを手に取ってコーナーへ歩いて行った。

水割りの入ったグラスを2つ持って戻って来た彼は私にハイ!とひとつ差し出した。
「ありがとう」
私は思いがけない彼の行動に動揺していた。

「さっきからビールばかり注がれて飲んでいたでしょ。苦手だったよね?」
「え?見てたの?」
「うん、まぁ。メロン食べる?持って来るよ」
「いいよ、いいよ。自分で取りに行くから」
「いいよ。俺も食べたいから」
そう言ってまた彼はコーナーへ歩き出した。

その時、何かが私の心を動かした。

永尾さんと話がしたい、瞬間的にそう思った私は彼の後を追っていた。
彼は生ハムが巻かれたマスクメロンを二つお皿の上に乗せていた。
それを見て2年前のクリスマスパーティーを思い出した。
あはは、2年越しに食べられるなって。

「永尾さん」
「あっ、持って行ってやるのに。コレ好きだったよね?」
「うん。覚えていたの?」
「だってあの時、コレ食べ忘れてショックだってずっと何日も言ってたじゃん」
「そうよ、庶民の口にはなかなか入らないもん」
私は2年も前の出来事を昨日のことのように話す彼に驚いた。

「パーティーも、もう最後なんだね」
「知ってた?」
「知ってるよ。退社願を出した日に耳に入ったよ」
「そっか」
「俺このまま桜田さんと何も話せずに離れるのはイヤだったんだ」
「今さら何を話すの?」
私はそう言って持っていた水割りをグイッと飲んだ。

「ちょっとこっちに来てよ」
彼は私の腕を引っ張った。
「・・嘘つき」
「えっ?」
「永尾さんの嘘つき」
この日まで自分の中に押し込めていた彼への感情が一気に溢れ出しそうだった。

「あの時、田中さんと付き合ってないって言ったじゃない」
「あっ・・」
「安心しろよって言ったじゃない」
「・・ごめん」
「嘘つき」
「ごめん」
「永尾さんの嘘つき」
「ごめん」

私は思いの丈を彼にぶつけた。