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もし村上春樹が新元号の発表を待っているとしたら

 僕はテレビの前に座り、NHKの生中継を見ている。左手首のロレックスは、午前11時18分を示している。取り立てて説明する必要もないが、僕は平成につぐ新元号の発表を待っている。

 もっともこれは僕の意志による選択ではない。僕としては、次の元号が何になったとしてもこれといった興味はないし、積極的に知ろうという気も起きない。どうせ積極的にしろうとしなくても、そのうち目にも入るし、耳にも入る。元号というのはそういうものだ。好むと好まざるとにかかわらず、我々はそれを受け入れなければならない。受け入れる以外に選択肢が残されていないのである。だから本当は「安久」でも「巧良」でも、「卍」でも「タピオカ」でもいい。あるいは「平成」をもう一度やり直しても構わない。やり直しがきくような事柄はこの世にそうそう存在しないから、貴重というべきだろう。どの元号案も、推奨されるに値する理由があり、反対されるに値する理由がある。完璧な元号なんて存在しない。完璧な絶望が存在しないように。

「それじゃだめじゃない」人妻のカールフレンドが言った。「時代が変わるのだから、ちゃんとその瞬間に立ち会わないと」

 これが彼女の言い分である。だから僕はこうしてテレビの前に座っている。もちろん朝起床してからずっとテレビを見ているわけではない。テレビの電源を入れる前に、僕たちはベッドで激しいセックスをしていた。それは僕のこれまでの人生でもっとも激しいセックスで、彼女は4回(信じてもらえないかもしれないが、本当のことだ)オーガズムに達し、僕は2回射精した。

 彼女との出会いはただの偶然の出来事でしかない。そこには誰の意志も介在しない。あまりにも偶然の出来事を目の前にした時、我々は常に意志というもののちっぽけさを嘆くにほかならない。彼女は特段に美人というわけではないし、これといった目立った特徴があるわけでもない。街ですれ違っでも間違いなくすぐ記憶から消え去るような女性だ。しかし何故かは分からないが、僕は彼女の顔に、自分では、少なくとも今の自分では、決して見過ごすわけにはいかないと直感した何かを見出した。正確にはその「何か」が浮き上がって存在を主張していた。ちょうどイデアが騎士団長殺しの絵から浮き上がっているみたいに。それは具体的に何なのかは分からない。縁と呼んでもいいし、宿命と呼んでも構わない。ともかく僕たちは言葉を交わし、食事を共にし、そしてベッドに一緒に入った。

 11時29分、老けた顔の男がテレビ画面に現れた。菅官房長官だ。これから彼は新元号の書かれた墨書を公開し、僕はテレビから解放されることになる。そうすると、テレビの前を離れ、自由にパスタを茹で、ウィスキーを飲みことができる。願ってもないことである。

 ところがテレビ画面が消えた。文字通り真っ黒になった。まるで誰かが地球上のあらゆるブレーカーを落としたみたいに。これでは新元号を知る術がない。遠退く解放の時に思いをはせながら、僕は彼女に目を向けた。

「やれやれ」と僕は言った。

 しかし彼女は慌てている様子も、戸惑っている様子もない。まるで新元号発表前にテレビ画面が消えるのは、スナックバーに入るとお通しが出てくるような自然なことかのように。

「えーぷりるふーる」と彼女は静かに言った。歌を歌っているような、詩を朗読しているような、不思議と柔らかく感じられる口調だった。僕は思わず瞬きをした。気がついたら、彼女はもうそこにはいなかった。

 どうやら新元号の発表も、NHKの生中継も、彼女の存在も、ただのタチの悪い冗談に過ぎないようだ。そして僕はまんまと騙されたのだ。他に騙された人がいるかどうかは分からない。いるかもしれないし、いないかもしれない。

 やれやれ。
 


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作家、日中翻訳者。台湾出身。新刊『五つ数えれば三日月が』→http://amzn.to/2XCEumG。群像新人賞優秀作。芥川賞、野間新人賞候補。 公式サイト→http://likotomi.com
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