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命の交差点で働いていたこと

病院で働いていた時、こう思ったことがあります。
ここは命の交差点、そんな風に。

病院の外来にはいろんな方が見えます。年齢も、高校生から100歳近い方まで。ひとりひとりがそれぞれの人生の中で、かけがえのないたった一つの命のために、通り抜けたり立ち止まったりする、人生の交差点、そんな場所で10年以上仕事をしていました。

当時医療関係の仕事は正真正銘、初めての体験でした。ハローワークの求人から申し込んだのですが、求人票には、書類整理、パソコン入力程度の仕事内容が書かれていたと記憶します。入ってすぐに、制服として、みるからに看護師さんの服、しかもワンピースを渡されました。ん?と思いました。この年になってどんなコスプレかと。

数日間、研修を受けたのちに外来へ。先輩にこれから3か月計画で教育を受けることを聞き、まずは先輩の仕事を近くで見学です。

むむ?思っていた仕事と全然違う

喧騒の中てきぱきと医師の意図を汲んで、かゆいところに手を伸ばしながら、言われずともさっと書類を出したり、さっと患者さんに話しかけたり、看護師さんに声をかけたり。すべてを笑顔でさばいている(ようにみえた)先輩のなんと眩しいことか。そして、ランナーかと思うほどのめまぐるしさとノンストップの仕事。のんびりやで、ずっと専業主婦だった私に務まることかと冷汗がとまりません。

そんな中、わたしにも初仕事が回ってきました。それは患者さんを中待合室に呼んでくること。実は人前で大きな声を出すのが何より苦手。そんな私が、今か今かと自分の番を待っている患者さんの名前を「〇〇さ~ん」と大きな声で呼ぶという。先輩の見本のあと、自分の心臓の音を聞きながらもうひとり患者さんをお呼びしました。すると、にこにことした小さなおばあちゃまがこちらに来ました。自然と「お待たせしました。どうぞ」とこちらも笑顔になって、話しかけていました。その方の横に寄り添い歩いていると、体のそちら側がほんのり温かくなるような不思議な感覚を覚えました。

その瞬間こう思ったんです。

ああ、これはもしかしたら天職かも

胃カメラと大腸カメラの違いも判らず、CTとMRIの違いもわからない、そんな私が医療現場に入った初日、初仕事とも言えないような小さな仕事をした瞬間に思ったことでした。

多分あの直感は間違っていなかったんだと思います。それから10年、激務にへこたれそうなとき、患者さんの苦情や、医師の辛らつな言葉に負けそうなとき、私生活で心配ごとがあるとき、患者さん、特にお年寄りからもらってきた温もりに救われ続けてきました。一緒に歩く時、自然とつかまってくるおばあちゃんたちと、腕を組んだり手を繋ぎました。どんなに忙しくても、その時だけはゆっくり廊下を歩きながら、心がふかふかしていく感覚。天職であると思って、地域医療にほんの小さな力を費やしてきたつもりでしたが、その場所で、私の心は救われ続けてきたのかもしれません。

その職場を、家族と自分を優先した結果、退職することになったのですが、一番さみしかったのは、患者さんたちに会えなくなったこと。ちょっとおしゃべりしたり、手を繋いで歩いたり、笑い合ったりできなくなったことでした。

最近、ワクチン接種会場の簡単な仕事をしています。そこで出会った80代のご夫婦と話した時のことです。
「今日はお風呂にはいっていいですか?」
と奥様のほうに話しかけられました。
「はい、大丈夫です。体調が悪い時は様子をみてくださいね」
とお伝えしました。ついついお二人の様子に惹かれて、
「今日の午後はゆっくり過ごしてくださいね」と付け加えました。
するとご主人が笑顔で
「おう、こたつでな、いつものんびりだ。」
隣でにこにこと奥様がうなずいています。
そのあと、少しお相撲の話とか伺ったのですが、おふたり連れだって笑顔で帰っていく姿を、こちらも笑顔で見送りながら、ふと思ったんです。

このおふたりに流れている時間は私たちと変わらないはずなのに、どこか鷹揚で、静かで、ゆったりとしている。人生の残り時間をこうしてゆったりとした流れの中で、助け合って生きていくんだなと。当たり前といえば当たり前のことですが、その時、その空気にとても胸をうたれました。

病院は確かに命の交差点でした。鮮明に命が見えてくる場所。けれど、同時に、どこにいても、あなたもわたしも、誰もが命を燃やし続けています。ここもあそこも、この国もあの国も、世界中が命でつながっている。そんな風に思うと、なんだか生きていることがありがたく、愛おしくてなりません。

だから、大切にしていこうと思うのです。家族も友達も、すれ違う人も、そして私のことも。

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