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贋作づくり

今までしてきた仕事や、仕事らしきものについて書いています。
今回も前回に続き、デザイナー駆け出しの頃の話を。

ご依頼についての記事を投稿した後で、このタイトルはなんなのですが、数十年前のやるせない仕事について、諸々あまり特定できないように書いてみます。

デザイン事務所の何でも屋

最初の就職先である写植会社を辞めて行ったヨーロッパからの帰国後。

デザイナーとしてはまだたいした実績もない私は中途採用の就職活動に難航し(あの頃の女子は適当な年齢ですぐ辞めると思われてたというのもあるかもしれない)、兄の知り合いの紹介でデザイン事務所で面接してもらえることになりました。

学生時代の作品と写植会社での仕事ではさして印象を残せなかったようなので、開き直って面接のほとんどの時間、ヨーロッパ滞在中の話をずっとしていました。それが効いたのか人手不足で猫の手も借りたかったのか、めでたく採用となりました。

専門学校卒で写植屋での経験もあり、即戦力ということも大きかったようです。

とにかくここでデザイナーとして一人前にならなくては後がない。そう思っていました。

しかしこれが両刃の剣で、あまりにこの即戦力な部分が突出していたために、ちょっとした泥沼にはまることになりました。

なんのことはなく、前の職場ではそれメインで毎日大量にこなしてきたわけですから当たり前なんですが、経験のあるデザイナーと比べても、印刷の元となる版下を作ることにおいては私の方が、遥かにスキルが上だったのです。前職の先輩に教えてもらった裏技も駆使し、早くその先の仕事を覚えたくて、どんどん捌いていきました。

ところがそれを見た社長が、これはいい!とばかりに私がついていた先輩デザイナーの分だけでなく、他の人の下仕事も容赦なくこちらに回してくるようになりました。

こなせばこなすほど、作業はどんどん増えていきます。がんばればがんばるほど、デザインの仕事は遠のくばかり。これでは前の職場とやってることは変わらない。けれど、前と違って自分がしたい仕事がそこにあるのにカケラほどもさせてもらえない。これはなかなかの地獄です。

家具職人の父の血か、その他およそ人の手になるものは得意だったのでどんどんと沼にはまり、いつしかすっかり何でも屋になってしまいました。

プレゼン 勝利の行方

この事務所では代理店出身の社長のせいか、企画や競合プレゼンの仕事もよくありました。(実際少し代理店的な仕事もしていた)

こんな時の企画会議は社員総出。コピーライターもデザイナーも、社長から私のような下っ端まで、それぞれアイディアを持ち寄ります。コピーライターもざっくりラフを描くし、デザイナーもコピーをつけたりします。

普段下働きの私もこの時ばかりは人よりたくさんラフを描き、コンセプトも添えて出しました。これは大変良い経験になりましたし、多分これがきっかけでコピーライターの先輩社員になにかと面倒を見てもらえるように。

ある時、ある漫画家を起用するという、コピーライター某氏の案がプレゼンに打ち勝ち、制作に取りかかることになりました。ファンだった彼は意気揚々と手配をすすめます。

しばらくして待望の原画到着。皆、興味津々です。

ところが、

……ちっちゃい!

B全(B1)ポスターにデカデカと目一杯入るはずの原画が、なぜかマッチ箱ほどの大きさ。

どうする?……どうするの、これ???

今で例えると、ポスターのメインビジュアルとして印刷するのにWebから取ったと思われる小さなカット画像が来ちゃったとか、パワポが送られてきて「画像はここから取ってください」とか、そんな感じでしょうか。

DTP以前の制作の話。大きなポスターの原画の場合、原寸とはいかなくても、引き伸ばした時に問題がないようにサイズも確認して描いてもらっていました(これは今でも同じか)。それを別添付の原稿として印刷所に入稿していたのです。

一体そういう打ち合わせをしたのかどうか。問い合わせをするも虚しく、それが原画です、と押し切られてしまったらしい。

どうする?となった時にお鉢が回ってくるのは、何でも屋の私のところ。嫌な予感は的中し、案の定社長の指令が飛んできました。

これをなんとかポスターの印刷に耐えられるようにしろ。

修復を試みる

方法は示さず(たぶんわからないから)「なんとか」しろというわけです。よく言うと自主性に任せている、平たく言うと丸投げ。

でもまあ、わからないのに細かく指示される方が困るので、妥当な(?)指令とも言えなくもない。今ならコンピュータに取り込んで、画像ソフトで修復するところでしょうが、あいにく手作業の時代。いくらか自動でやってくれるとか、コマンドZが使えるとか、そんなことも一切なし。

まずは拡大したものを修復することを考えました。作家の作品ですから、これがおそらく、最初に考えられる一番真っ当な方法です。(一番良いのはちゃんとした大きさで描いてもらえることだけど!)

試しにコピーで拡大してみると、小さな絵だった時は見えていない粗が出てきます。しかも一回拡大しただけではマッチ箱は大した大きさにならないので、何度も何度も拡大コピーを繰り返すうちにだんだんすごいことに……。

そこで紙焼き(原稿を印画紙に写真のように引き伸ばして焼き付けたもの)をしたかと思います。コピーよりは多少きれい。

それでもタッチはどこもかしこもガサガサと毛羽立ち、あるところは潰れて、大きく描けば当然離れているであろう箇所がくっついています。

少しずつ、潰れたところを離し(余計な部分を消し)、毛羽立ちすぎるところに手を入れて滑らかにしていきます。ガサガサを直そうと描き足すとラインが太くなりすぎるので、同時に消す作業も入れていきます。もともとラフなタッチの絵なので、滑らかにしすぎてはいけません。均一になりすぎてもいけません。

ラインを単にトレースするだけならまだ簡単だけど(それも手で描くのだけど!)この作業は大変。当時手作業速度マックスだった私の手をもってしても、遅々として進みません。

もともとこんな予定外の作業はスケジュールに入れていなかったし、このペースでは間に合わない。なにより突然降って湧いたような後始末(平たく言うと尻拭い)に、さすがの私の忍耐も爆発寸前。

しばらくすすめたところで方針転換することにしました。修復は諦めて、新たに描くのです。

間に合わせるためにはもうこれしかない。いいですか!?

一応方法について承認を取りますが、担当某氏はこうなると頷くしかありません。

贋作づくり

こうして今度は復元作業が始まりました。拡大コピーに紙を重ね描いていきます。所謂トレース。

とはいえ、そのままトレースしたのではおかしいままです。原画を然るべき大きさで描いたと想定して、その箇所の凸凹した手描きのタッチをできる限り再現します。形は都度調整して不自然さがないように、且つポスターにした時に見栄えが良いように。

そしてなによりご本人が描いたと(ご本人さえ)思えるように。

つまり出来上がった時に、私はなにも仕事をしていないと思われなければならない。世の中そんな仕事はいくらでもあるけれど、この時ほど、なんでこんなことしてるんだろう?と思いながら仕事をしたことはありません。

そもそも発生せずに済んだはずの作業。揃いも揃って△@○&$%#!!!と心の中で毒づいても始まらず、下っ端はとにかく与えられた任務をやり遂げなくては。

できるだけ平常心を保ち(でなければ線が乱れる)、適度に悪態をつきながら(でなければ心が折れる)作業をすすめます。近づいて描いたかと思うと、今度は離れたところから見てポスターに適した線であるか確認。文句は言っても手は抜けません。それを繰り返しながらどうにか期限内に完成させました。

クライアントの内容チェックも済んで、あとは印刷会社に入稿するだけ。できてしまえば仕上がりも楽しみになってきます。私の存在は誰にも知られることはないけれど、形跡もなく見事に仕上げ……気分はちょっと贋作者。公認ですけどね。

ところがここで大きな社会的出来事が起こってしまい、日本中が一気に自粛モードに。

ダジャレ満載のふざけたポスターは当然の如くあえなくお蔵入り。
そのまま幻の仕事となったのでした。



……せっかく苦労して山の頂上に運んだ岩が、麓まで一気にごろごろと転げ落ちる音が聞こえた気がしました。あぁ

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