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ドイツ語も喋れないのにドイツで働く

若い頃、少しだけドイツで働いたことがあります。

そもそものきっかけは専門学校に通っていた時、仲の良かった同級生が突然学校を辞めてドイツに行ってしまったこと。

お金貯めてそのうち遊びに行くからそれまでいてよ、と言って写植屋に就職。

3年ほど勤めて稼いだお金をほぼ全て、現地の通貨とトラベラーズチェック(←懐かしい!)に替えて、会社を辞めてドイツに行きました。(この辺の話は長くなるのでまた今度)

ドイツ在住の彼女の雇い主は記念コイン製作会社の経営者でした。休暇を取って一緒に行った友人が帰ってしまった後、ふらふらしている私がデザイナーときいて、仕事を発注しているデザイン事務所にアルバイトとして紹介してくれることに。

ドイツ語は挨拶と10までの数字くらいしか喋れず、英語もブランクで中学英語程度であったにも関わらず、若くて怖いもの知らずの私はなんの躊躇もなく面接に行きました。

今考えても、片言の英語でどうやって意思疎通をしたのかよく覚えていないのですが、結局外注先として案件ごとに仕事を受けることになりました。

その会社に行って働くのかと思っていたので、ちょっとガクッとしましたがそれでもラッキー。しかもドイツ語がダメなので、英語で指示が来る「海外の仕事」を担当することに……。(たぶん英語ならお互いに外国語だからってことだと思う)

仕事は記念コインのデザイン。
(どういう性格のものなのかはいまだによくわからない、とにかく記念)

こういうものだと外国人の私でも、内容がわかればできるんですね。逆に印刷物のデザインだったら、言葉がわからないとちょっと無理なのでその意味でもラッキーでした。

指示書に従い、都市のランドマーク的な建造物や風景を組み合わせたりして絵柄を構成するというものが多く、一度だけみんなが知ってる国際組織の仕事で子どもたちをテーマにデザインしたこともありました。もちろん全部手描き。ロットリング(ペン)と小さな万能雲形定規を買ってもらい、それを駆使して、いろいろな図案を描き上げます。

出来上がるとFAXで該当の都市の担当者へ。送信先はオーストラリアだったりカナダだったり、とにかく英語圏。数日で返事が来るので、それに基づいて修正します。

手描きなので最初から描き直しになることも多く、これは今と違って仕方がないですが、ひどく感心したのはその修正指示でした。とても明快で、こちらは英語が怪しいにもかかわらず、日本での仕事よりもわかりやすいのではと思うほど。

もちろん辞書は必要で、旅行用の小さな辞書片手に読み解きます。でもどこをどう直して欲しいのか、なぜ直すのか、こちらの判断の余地がどのくらいあるのかなどが整理され、箇条書きで書かれていて、解釈に困るということがほとんどない。

それらにきちんと応えていけば、やりとり自体も大抵1〜2回で済むし(突然違うことを言い出すこともない)、方法はアナログな感じですが効率抜群でした。

雲形定規とロットリング、このあとも各国一緒に旅した三省堂の小さな英和/和英辞書

話変わって、今担当させていただいている駅周年グッズのアートディレクション。記念グッズのデザインとあって、この時の仕事と通ずるものもあり、原点回帰しているような気も。

自分で仕上げるのではなく、私の手描きのラフをデザイナーさんが(すっかり進化したMacで!)形にしてくれていて、それに修正を入れているところはすこーし立場逆転。数十年経った今、あの時の海外の担当者のように的確な指示と適度な自由度が示せているだろうかと自問しています。

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余談ですが、面接に行ったデザイン事務所で、社長が誇らしげに見せてくれた小さなコンピュータがあって、後で考えたら初期のマッキントッシュでした。当時としてはすごいものだったと思うのだけど、反応が薄くて申し訳なかった……。

それにしてもこのドイツ行きは私にとってはとてもありがたい経験で、面倒を見て泊めてくれた彼女には今でも本当に感謝しています。足を向けて寝られない… 彼女の超人的なエピソードも本当は紹介したいけど、勝手に書くのはご法度なので我慢!

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