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「あした」がない

この物語はフィクションです。
実在の人物とは関係ありません。
あしたはきっといいひになる。

 今日もゲーム配信を終えた。既に日を跨いでおり、時刻は1時になろうとしていた。明日も平日だ。一服してからさっさと床に就こう。俺はPCの電源を落とそうスタートメニューを表示しようとした。その時、画面の右端にとある通知のバナーが現れた。メールだ。こんな時間になんだろうと思ったが、自然と雑談放送用のお便りだろうと直感できた。先々週くらいから募集している「実際にあった怖い話」の応募が来たのだろう。
 いつもなら雑談放送用のお便りは同居している相方のMさんが確認している。メールボックスを共有しているため俺のほうにもこうやって届くが、大体は放置していた。しかし今日は無意識のうちにその通知バナーをクリックして、メールの内容を確認していたのだった。
 件名には「あしたがない」とだけ書かれ、名前の記載はなかった。アドレス名から普段生放送に来ているリスナーの名前を割れないかとも思ったが、捨てメアドのような不規則な文字列で、誰が送ってきたのか推察もできない状態だった。過去に同じメールアドレスから来ていないか検索をかけたみたものの、それらしいものはヒットしなかった。
 メールの本文自体はPCの画面の半分もないくらいの文量だった。平仮名が多く、ゲームで疲れた目には読みづらい。そんな文章に加えて眠気もあってか、内容はまったく頭に入ってこなかった。ぼんやり読み進めて最後の文まで読み終えたところでとあることに気が付いた。文章のまとまりとしては表示されている分終わっているが、スクロールバーを見るとまだ下に続いているようだった。まだ何かがあるのだろうかと、興味本位にスクロールバーを一番下まで下げてみた。
 結果としては何もなかった。ただただ空白が続いているだけで、最後に文字の一つもなかった。何か書いてあったほうがまだ安心できたかもしれない。言いようのない気持ち悪さが喉の奥に溜まり続ける。本当はその場でメールを削除してしまいたかった。Mさんに見つかる前に、このメールが届いたことすら無かったことにしたかった。それほどの嫌悪感を抱いておきながら、タバコを一服して寝る準備を整えると、なんだかどうでもいいような気もして、そのままPCの電源を切って床に就くとすぐに寝てしまっていた。
 翌朝、腹痛で目が覚めたがガッツリ体調を崩したという感じではなかった。この時にはもうメールのことなどすっかり忘れていた。

 仕事から帰ってくるとMさんがPCの前でふるふると震えていた。「帰ったよー」と声をかけても反応がない。何かあったのだろうか。
「Mさん?」
 肩を叩くと「おわっ」と声をあげ、びっくりした様子でこちらに振り返った。血色がいいとは言えない顔色に、じんわりと浮かぶ脂汗がその異常性を物語っていた。
「あ、お、おかえり」
 Mさんは絞り出すように声を出す。
「ただいま……顔真っ青だけどどうし……」
 どうしたの、と言いかけて、視界に入ってきたPCの画面を見て言葉を失ってしまう。
 そこには昨夜見たメールが表示されていた。昨夜確認した時点ではPCの画面の半分もなかった文章量のはずだったが、画面には文字がびっしりと表示されていた。昨日読んだ箇所以降に、嫌でも目に入ってくるように黒太字で文字が連なっている。
 その内容はとてもじゃないが言い表せない。これは語彙や表現力が足りないといったことではない。言葉では言い表せない、いや、言葉で表してしまったら正気ではいられなくなるような文字の羅列だったのだ。
 直感的な恐怖から、メールをすぐにゴミ箱へ送り、ゴミ箱からも完全に削除した。指は震えていたが、操作自体は冷静に行うことが出来た。Mさんを見るとまだ震えている様子で、目が泳いで焦点が合っていない。
「Mさん、もう消したから。大丈夫だから」
 自分の震える身体をなんとかいなして平静を装った。Mさんの肩を掴むと、それまで小刻みに震えていたMさんの身体はピタッと止まった。ようやくはっとしたのか、俺のほうを見た。いくらかマシになったといえど、まだ引きつった顔をしていた。
「大丈夫。大丈夫だから。とりあえずお腹減ったしご飯にしよう」
 Mさんの顔は引きつったまま、何かに怯えるように俺の顔を見ていた。
 その後はいつも通り夕飯を食べた。いくらか口が重たかったが、しばらくすれば二人ともすっかりいつも通りだった。
 今日は早めに布団に潜って寝てしまおうと、12時も回らないうちに床に入った。もうそろそろ意識が落ち始めるかというところで、耳元で誰かが話している声が聞こえた。
 若いような年老いているような、男のような女のような、虫のさざめきのような象の足音のような、ぼんやりと、それでもハッキリととある言葉が聞こえた。
 しかし、もうすでに意識が落ちかけていたのもあってか、そのまま眠りについてしまった。

 翌朝、いつもより寝覚めが悪かった。どこかにぶつけたように頭がずきずきと痛む。しかし今日もまだ平日だ。さっさと身体を起こしてリビングへ向かった。
 リビングではMさんが朝食を食べながらニュース番組を見ていた。「おはよう」と声をかけるといつも通りの声で「おはよ」と返ってきた。顔色もいつも通りそうだった。思い出させてしまうと申し訳ないため、昨日のことは触れないでおいた。
 ニュースキャスターは淡々とヘッドラインを読み上げる。芸能人の不倫、政治のスキャンダル、物価上昇にスポーツ選手の故障。朝から暗いニュースが続いていた。
 だらだらと身なりを整えていると、こんなニュースが耳に入ってきた。
『昨夜、都内某所で頭を打った状態の遺体が発見されました。警察によりますと、近くの高層ビルから飛び降りた形跡があり、事件と事故の……』
 そのニュースにMさんが「やなニュースだなぁ」と独り言を漏らしていた。俺に話しかけたわけじゃないとは思うが、なんとなくその言葉に返答した。

「あれがおまえだ。はやく代わってよ」

 言い終わってから俺ははっとした。今、確かに言葉を発したのは自分だが、それは自分の言葉ではなかった。口を開いたら勝手に声帯を動かされたような感覚だ。
 Mさんのほうを見ると、俺の声は聞こえていなかったようでまだテレビを見ていた。しかし動きを止めてじっと見られているのを察したのか、Mさんはこちらを見た。
「ん、どうした?」
 いつも通りだ。
「あ、いや。なんでもない。いってきます」
 俺はそそくさと身支度を整えて俺は家を出た。

 きっと気のせいだ。疲れているだけだ。仮に何かのせいだったとしても、それは昨日見たメールのせいだろう。悪い気は人に移るとよく聞く。あたしはいつもより足早に歩を進めた。心なしか、すれ違う人々が俺のことを監視しているような、そんな錯覚に陥った。大丈夫、あたしはいつも通り過ごしていればいいんだ。そう、あたしは……。あたし? 俺は大丈夫だ。あんなメール一つで変わるわけがない。そうだ、あたしはいつも通り生きていける。


 わたしは、まだ、いつもどおりだ



件名:あしたがない

これはあたしのこわいはなし。だれかにわかってほしいはなし。だけどもうおわらせたいはなし。きっとあたらしいあたしがはじまる。だからこれをあなたにおくった。きらきらとかがやくあなたにむけた。あたしもかがやきたかった。だからはじめることにした。うまくいくといいな。もうしったなら、あたしをあげるから。あたしがむくわれるはなし。もうにげられない。にげないで。ねえ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。おまえがしねばいいはなし。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。あたしのために。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。あしたをいきるの。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。まにあわない。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。ねえまだなのはやくしてよ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。はやくよこせ。








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