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違和感と家財保険。

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

うちの事務所は「休みの日には休みたい」という社長の方針で店休日になると電話の一切を留守電に切り替え、対応していた。

休み明けには留守電をスピーカー再生しながら、自分の案件だと思うメッセージがあれば「私でーす」など言いながらメモを取りその後対応に当たる。
誰も該当しない案件ならば社長が適当に振り分けていくのである。

その日いつもは2、3件くらいしか入っていない留守電に10件近いメッセージが入っている、と電話のパネルが表示していた。

事件が起こったな。

何らかの良くないことが起こった(もしくは、起こっている)予感に皆が警戒する。

メッセージを再生します
「もしもしメゾンカシオペア203の川西です。あの、僕、家財保険入ってましたか?確認頂けると有り難いです…またかけます」
ピー


川西様が家財保険に関する問い合わせをそこから連続して4、5件残していたのと

「メゾンカシオペアの家主の大国です。川西さんの家財保険の件で確認したいことがあります。連絡ください」
ピー

と家主の大国さんがやはり川西さんにまつわる家財保険の件で2件ほどメッセージを残していた。



川西様は一年ほど前に単身で1LDK物件に入居された中学校の先生である。
職業柄定期的な異動があり引越しにも慣れています、と案内時にお話しされていたのを思い出した。

「私の担当です」

皆がホッとするのが分かる。

「保険を使うような事態が起こったのか…」私だけが不安な気持ちのまま当時の契約書類を調べ「家財保険未加入」を確認して川西様へ連絡を入れた。

出ない。
お仕事中だろう。留守電にメッセージを入れ、次に家主の大国様の方へ連絡を入れた。


私が勤めていた不動産屋では家財保険はパンフレットは渡して説明はするが、原則任意加入であった。
保険は「絶対うちで入ってくださいね」と言ってはいけないルールがあるとかで、加入金も沢山掛ければ何かあったときに沢山出る、という訳ではないので加入するにしても自分にあったコースをご自身で選んでもらっていた。
それでも体感としては7割位の方が加入されていた。
「お付き合いのある保険屋さんがあればそこで入ってもどうぞー」とも言っていたので、独自に加入していた人もいたかもしれない。


案内時、川西さんは「保険、使わないからなー」と言っていたので自分で加入もしていないかもしれない。

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家主業の他に自営でお仕事もされている大国さんにはすぐに連絡がつき事情を聞くことになった。


その日、まずメゾンカシオペアの103号室に入居されている方が異変に気付いて管理者である家主さんに電話をくれたらしい。
「どこからか雨漏れしているのか天井に染みが出来てきている」

晴れの日である。
大急ぎで現場を確認し、付き合いのある業者さんへ連絡を取り原因を調べる為、一番怪しい真上の 203号室の川西さんを訪ねると漏れていたのだそうだ。
洗濯機の水が。
ホースから。

いつからか使う度に少しずつ漏れ出ていた水が染み出し、その日ついに階下の人が気付くことになったのだ。
業者さんが早速チェックすると1階と2階の間の資材にも水がじっとり染み込み、100万円を越すであろう修繕が…

ぎゃー、もうやめて!聞きたくない!

私でさえそうのだ。
張本人の川西さんの気持ちたるや…
出ないと分かっている不動産屋への鬼電も理解できる。
いやむしろ、よくあの位で止めれたものだ。

今は、正式な見積もり待ちなのだそうだ。


川西さんとも連絡が取れ

「…聞きました。大変でしたね。
          あの、うちでは保険は未加入です。」

「ですよね…」

という会話を静かに行い、終わった。
あの調子では他でも保険には入っていないだろう。

恐ろしい事態ではあるが両者揉めてはいないようなので不動産屋の出番はなさそうだ。


メゾンカシオペアは家主さんが自ら管理されている物件だったので、その後 川西さんと直接やり取りをすることはなかったが、気になって聞いてみると、見積もりの金額が100万円を越えてきたので、家主さん側の加入していた保険を使って補修することになったそうだ。

川西さんは胸を撫で下ろし、申し訳なさそうにして「洗濯機の異変に全然 気づかなくて…すみません」と言っていたという。


その後この物件は家主さんの意向により入居条件に「家財保険加入のこと」の一文が加わった。
当然である。

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その一年後、川西さんは退去することになり立ち会いを行った際
「いやー、実はあの時期、洗濯機に何か違和感あったんですよねー」
と、とんだ告白をしてきた。

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日常生活でも違和感がある時には、やっぱり何かあることが多い。
大事件につながる前に原因を考えるクセをつけておいた方がいいのだろう、保険も後で悔やむより、必要かどうか考えて加入するのも悪くない。

と思いながら、私はいま先日やってきた居住中物件の家財保険の更新手続きと娘の通う幼稚園で必要な保険加入の手続きを行っているところである。

春ですね。






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