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「実はこの物件…他にもご検討中のお客様がいらっしゃいまして」①

町の不動産に勤めていた。サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

「入居募集の看板を見まして…」
そう電話を受けたのは暑さの残る秋の日のもうすぐお昼休憩だな、という時だった。

お問い合わせ頂いたのは車通りの多い道路沿いにある『大吉店舗』だ。

近くでスーパーを営む大吉さんが家主で、以前は居酒屋が入っていた。
同じ敷地内に並んで建つ、同じく大吉さんが家主の店舗にオシャレな美容室が入ったことで急に人目を引くようになり、近頃問い合わせが多い。

田中、と名乗る男性は家賃がいくらなのか確認をした後、明日の夕方内覧できませんか?と丁寧に聞いてきた。
「もちろん大丈夫です」
そう答え私は明日のスケジュールに予定を入れた。

「現地集合が都合が良いのですが、車で向かってもいいでしょうか」
というので大吉店舗にも駐車場はあるのだが、隣接する美容室との境界が曖昧なのでとりあえず分かりやすい家主経営のスーパー駐車場集合とした。
内覧物件までは徒歩2分程だ。

翌日、落ち合った田中様はお電話の印象通り気の優しそうな50代の男性だった。道すがら
「ちなみにどのような使われ方をお考えなんですか?」
と聞くと嬉しそうに
「駄菓子屋をしようかなと考えていまして」との答えが返ってきた。

まずい。

大吉店舗は所謂いわゆる「居抜き」物件である。
中に入ればまずはL字カウンターが出迎え、奥には二畳ほどの座敷まである。

もちろんテーブル席もございます。

詳しく説明する間もなく店舗に到着してしまい「見て、分かってもらおうか…」と鍵を回し扉をひいた。
窓が少なく薄暗い店内。
油で輝くコンクリートの床。

「いいですねぇ」

えっ!?

耳を疑い、田中様を凝視してしまった。駄菓子屋にL字カウンターも並ぶテーブルも不要であろう。あるいは、駄菓子屋が聞き間違いだったのか。

しかし、田中様は駄菓子屋前提で話を進め、あろうことか資金は銀行から借り入れる予定であると言う。

田中様、田中様!
この物件は資料にある通り『現状渡し』です。目の前にあるカウンターが付いてきます。不要であれば取り除くことは可能ですが自己負担となってしまいます。加えて、大きな道路に面しているので車からは目立ちますが小学校等の通学路から離れている為、購買層の子ども達の目に留まりにくいと思います。ぜひこちらの物件も案内させて下さい!

私は上記の内容を割りと熱を込めて伝え、念の為用意していた別の貸し店舗の資料の中から良さそうなのを渡し連れ出した。

初めから駄菓子屋と聞いていれば、的外れな店舗を案内せずにもっと良い物件から内覧していただけたのに。
昨日は「もうすぐお昼ごはんだ」ということに気を取られ過ぎていた。
お時間を取らせて悪かったな、と思い案内した次の店舗は小学校の通学路、なのはもちろん奥にある中学校の通学路にもなっており、反対方向にある高校からも人の流れがある。しかも家賃は大吉店舗より一万円以上も安い。
大吉店舗より狭いからだが、そもそも駄菓子屋に大吉店舗は広すぎた。

さぁ、どうですかあなたのための店舗です。
と田中様を見るとどうも乗り気でない。

「やっぱり、最初に見せてもらった物件が良いかなぁ」

まさか。

「車で見かけた時、ピーンときたといいますか」

私は他人の人生に責任を持ちたくない不動産屋なので最終的な決断は本人にしてもらいたいのだが、借り入れたお金でカウンター取っ払って、テーブルを撤去し、広すぎる店内で、行き交う人の少ない中、駄菓子を売るというのはどうも勝ち目のない戦いに思える。

私達が友達ならば「駄菓子屋はいい。だが、その店舗はやめておけ!」と肩を揺さぶりたいところだ。

その日はそこで解散となったが、翌日「もう一度大吉店舗が見たい」と田中様から連絡を受け再度現地で合流した。

やはりここがいいなぁ、と唸る田中様に私は、例のセリフを告げることになる。


「…田中様、実はこの物件他にもご検討中のお客様がいらっしゃいまして…」


そうなのだ、実はこの物件最初に田中様を案内する一週間ほど前にラーメン屋をしたいという若者を案内していたのだ。
とても気に入っていたが「もう少し駐車場が欲しいな」というので道路向かいの空き地の地主を探し「駐車場として貸してもらうことはできませんか?」と交渉している最中であった。

「じゃあ、急いで契約をしないと!今日はまだ印鑑とお金用意してきてないんですが …」

違う、違う、そうじゃない。
契約はもっと熟考の上、交わした方がいい。


「そうではなくて…、家主さんが今回は両者がほぼ同時なので、お申し込みをして貰えるのなら先着順ではなく両方の内容を見て契約する方を決めたいとお話しされています。早い者勝ちではないので、もう数日であれば考えて貰っても大丈夫そうです。」
どうか、よく考えて!の念込めそう告げたのに田中様はすぐに「申し込みます」と力強く宣言された。

ラーメン屋の若者にも同じ内容で連絡をするとやはり「申し込みまーす!」と元気な返事が返ってきた。

こうして家主さんによる審査、検討となった結果

ラーメン屋に軍配があがった。

妥当だと頷いた。

電話で田中様に結果を伝えると、とても落胆されていた。
「今回、たまたまご縁がなかっただけで田中様に問題があるわけではありません。他の物件でもぜひご検討くださいませ」

とお話したっきり田中様とお会いすることはなかった。

ラーメン屋さんは安定した人気で5、6年営業し「地元に戻り、ラーメン屋をします!」と退去していった。

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

星の数ほどではないが、不動産も空き店舗も沢山存在する。
田中様もどこかで気の合う不動産屋と丁度良い物件に出会い夢の駄菓子屋さんになっていてほしいな、と今では無責任に思っている。







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