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わすれるわけなんてないのにね

「わすれなーいーで わすれなぁーいーで」
4歳の娘が幼稚園の帰り道、高らかに歌う。

えらく陰気臭い歌詞だな、と思い
「なんの歌?」と尋ねると
「2がつのうた!」と言う。

どうやら幼稚園では毎月「月歌」があり、それを覚えさせてくれていたようなのだ。

昨年の4月から通い、もうすぐ一年が経とうというのに初めて知った真実。

今までの月歌がどのようなものだったか気になったので歌って、とリクエストすると
「えー、もうわすれた」となぜか拗ねる。

幼稚園から家までは歩いて20分ほど。

川の流れに沿って整備された散歩道を行く。
ハトが群れすずめが遊びカラスが鳴く。
川には鴨が浮かび、名前の知らない大きな白い鳥や川鵜が水に立ち、時にカワセミの青が光る。

毎日の送り迎えは夏は汗だくになるし、冬はかじかむ手が辛いけど、この川を娘と眺めながら、見つけた鳥を教え合ったりして割りと楽しくやってきた。

2月。
もうすぐクラス替えやら卒園やら。
それにあわせた歌なのだろうか。
「れいこせんせいがね」歌うことに飽きたのか、おしゃべりを始めた娘が言う。

娘の通う幼稚園は担任の先生の他にクラス補助の先生がいて、その他にも副園長先生や体操を教える先生、他クラスの先生もよく関わってくれていて、娘の口から沢山の先生の名前を聞く。
先生方も帰り際などよく
「○○(娘の名前)ちゃん、さようなら」
と名前を呼んで挨拶をしてくれている。

もちろん他の園児にも名前で呼びかけているので、先生方の記憶力と努力に触れるたび毎回心の中でひれ伏している。
なのに私ときたらいまだに名前と顔が一致しない先生が多く“れいこせんせい”のことも誰だかピンとこない。

「れいこせんせいがね、きょうね、せんせいのことわすれないでねー、って」

「わすれるわけなんてないのにねー」

確信と自信を持って「忘れるわけない」と「へんだよねー」と笑う娘に見上げられて
「忘れないかー」
と曖昧な相槌を打ったあと、少し泣きたい気持ちになった。
私はもう大人で、忘れることも忘れられることも知っている。

この感情の名前は知らないけど、晴れた土曜の午後にジブリを観たときも同じような気持ちになることがある。


―――――――――――――


園にも娘にも伝えるのはこれからだが、夫の仕事の関係で私たちはこの春に今住んでいる神奈川から関西へ引っ越しをする。
神奈川には3年しか住めなかったが、すこしずつ挨拶をする人が増えてきたり、初めてのママ友が出来たり楽しかった。

大好きな先生とお友だちがたくさんの幼稚園に楽しく通う娘をこの町でもう少し見ていたかった。
今「どこでも住めるよ」と選ばせてもらえるなら間違いなくこの町だ。
だけど、そうはいかない。

夫は転居先の賃貸を探し始めている。


娘が“れいこせんせい”のことを宣言通り覚えていても、忘れてしまってもどちらでも構わない。
きっと、れいこ先生もそうなんじゃないかな。

ただ今日
「わすれるわけない」って
そんなことを話して、こんな気持ちになった日があったよ、ということを私はずっと覚えていようと思う。



さて、残り僅かな神奈川の生活でやっておきたいことが沢山ある。
ハングリータイガーでハンバーグを食べたりワインビストロ路地裏で飲んだり
れいこ先生を探したり。 


忙しくなりそうだな。
大好きなものが増えてますますここから離れがたくなるかな。






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