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たぶん5分の物語③

My Dream


「わたしは石油王になりたいの!」

昼下がりの喫茶店には似つかわしく無い単語を耳にして、僕はチラリと隣の席に目を向けた。3人組の女の子。高校生くらいかな?ホイップクリームで埋まってしまうくらいのパンケーキをみんなで食べている。

「何それうける〜」
「石油王ってそもそも男じゃん」
「ルフィかよ」
「それは海賊王じゃね?」
「あっそっか」

如何にも女子高生という感じの前髪命っぽい2人にからかわれながら、少しボーイッシュなジェンダーレスカットの子が力説をする。

「だってさ、商業高校卒業して事務のおばちゃんになって腕貫しながら自分で詰めたお弁当でお昼なんてやってらんないじゃん!」
「うでぬきって何?」
「筋トレじゃん?」
「腕立てだからそれ」
「あっ!あれじゃね、あの袖んとこに靴下みたいにするやつ」
「ああ〜日焼け防止のカバーみたいなやつか、セナ何でそんなの知ってんの?」

腕貫なんて言葉をさりげなく放り込んでくる女子高生に興味が湧き、僕は文庫本を読む振りをしながら聞き耳を立てていた。

「その為にはまず砂漠に慣れなくちゃね」
「何で砂漠?」
「ユキ知らないの?石油は砂漠で採れるんだよ」
「砂漠って砂しか無いんじゃ無いの?」
「掘るんじゃね?温泉的な」
「ノッチ頭いいじゃん」

セナがボーイッシュ、ユキは天然、ノッチはツッコミ…頭の中で相関図を組み立てる。
何だか楽しい午後になりそうだ。

「そもそも何で石油王?セナは金持ちになりたいの?」
「お金欲し〜い。ユキも石油王になりた〜い」
「何だかんだ言って、エネルギーを牛耳る事が1番力を持てる事だと思わない?」
「え〜力は別にいらないなぁ」
「力を持ってどうしたいのさセナは?」
「世界を変える!」

ぶっ!思わず珈琲を吹き出しそうになってしまった。世界を変える?エネルギーを牛耳って?ダメだ、益々興味が湧いてきた。

「凄いねセナ!大統領になっちゃう訳?」
「大統領じゃ世界を変えられないのは分かっちゃったからね」
「だから石油王?でもアラブって男社会じゃ無かった?」
「そこなんだよね〜問題は」
「あっ!あれは?ほらゴルゴ何とか?」
「何それ?」
「え〜と、あっサーティーン!ゴルゴ13!」
「だから、何それ?」
「スナイパーだよスナイパー!凄腕のスナイパーを雇って邪魔な奴らを蹴散らしてくの」
「アラブ人の男をみんな?」
「そうそう」
「よしよし、偉いねユキちゃん」
「何か馬鹿にされてるぅ」
「ヤバ!映画始まっちゃうよ」

バタバタと女子高生達は席を立った。
最後は何とゴルゴ13。
荒唐無稽の話だったが何だか少し幸せな時間だったなぁ。

「ごめん遅くなった、待たせちゃったね」
「ああ、大丈夫。お陰でいい話が聞けたから」
「何それ?」

コートを椅子の背に掛けながら問いかける彼女に僕は先程の女子高生トークを語り始めた。

「凄いね、世界を変えたいから石油王?」
「そうそう、邪魔する奴はゴルゴ13に頼むってところがまた面白くってさ」
「頼むお金はどうするつもりだったのかな?」
「そこまで考えてないでしょ、思いつきなんだから」
「それもそうだね」

クスクスと笑いながら紅茶を手にする彼女を見て、僕はあの日を思い出していた。
風がヒュウと吹いて、言葉もなくただ2人だけで風を見つめていたあの日を。

「良かったな、元気になって本当に良かった」
「2年後の生存確率15%だったもんね。あの時は本当にどうしようかと思った」
「確率なんて当てにならないって言いながら、それでも言葉が続かずにいたもんな2人して」
「嬉しかったよ、何も言わずに一緒に風を見つめていてくれた事」
「思いは同じだと感じていたからね」
「以心伝心だね私たち♪」

僕の夢は彼女と一緒に歩き続ける事。彼女もきっと同じだと思う。
あの女子高生の様に大それた夢では無いけれど、小さな幸せをひとつずつ拾い集めながら、僕らは夢に向かって生きて行こう。
そうだ、あの女子高生も世界を変えたい本当の理由は、案外僕達と同じなのかもしれないな。
                 end

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