エミューの宴 【寓話】
起伏のない常闇に
すべての命は眠っていた
割れ目にしつらえた寓居に
太陽もまだ眠っていた
月や宵の明星が寄り添っていた
天の川の兄弟たちも
名もなき無数のプランクトンは
闇の底で待ちわびていた
形と言える形を持たず
色と言える色を持たず
その時を、永遠の眠りから目覚める時を
ひたすら待ちわびていた
最初に目覚めたのは
小さな傷のようなエーテルだった
大地に起伏がないものだから
エーテルは刹那に
この闇を四方に駆け抜けた
摩擦が光となり力となりて……
「すべて」の命に鐘を鳴らした
寝床から這い出てきた太陽が
世界を照らすと
はじめに姿を見せたのは
たまたま割れ目のすぐ傍に寝そべっていた
無垢なエミューだった
──ボボボボボ ググググググ──
エミューの腹の音に合わせて
世界はあっという間に光に包まれた
──ボボボボボ ググググググ──
エミューの腹の音に合わせて
さまざまな命が姿を現した
エミュー、イヌ、カンガルー、
半獣人、人間、
たまたま最初に照らされたエミューは
自分を神だと勘違いした
皆もエミューを神と思った
光源であり命を生み出す太鼓を持つ鳥、と
イヌが砂漠を駆けると
そこに大地が出来上がった
カンガルーが袋の中の子を思うと
そこに愛情が生まれた
──ボボ グググ──
たまたま声を出すのが得意な獣人が
エミューの鳴き声を真似した
たまたま手を使うのが得意な獣人が
声に合わせて、枯れ木の枝で岩を叩いた
たまたま見目の麗しかった獣人が
リズムに合わせて踊り始めた
たまたま想像力を持っていた人間が
祭りを彩るメロディーを唄い始めた
火を焚いた、食事をした、着飾った
原初の宴
あらゆる動物たちが集いて
偶然生まれた世界を称えた
夜が更けると、太陽の寝床だった場所から
うっすらと光の梯子が天に伸びていた
その一条は天の川へと続いていた
しかし、エミューもイヌもカンガルーにも
登ることはできない
たまたま腕力に長けた男が
梯子に手をかけてみた
──どうやら行けそうだ──
彼は大地と天の中腹まで登り、いちど
地上の宴をいちど見下ろし、そして
天上の楽園を見上げてみた
天上世界は緑の土地に包まれ
星のように永遠だった
しかし彼は登り切ることはせず、
砂漠と岩肌しかない大地へと舞い戻った
皆は仲間の帰還に涙を流した
このとき
男の手にはなぜか一本の苗が握られていた
彼らはその苗を
祭りの火が消えた中心に植えた
闇の色、光の色、大地の色、
火の色しかなかったこの場所に
この時はじめて、緑の色が根を下ろした
大地に祈りが生まれた瞬間だった
*
エミューは、ヒクイドリ目ヒクイドリ科エミュー属に分類される鳥類。二足歩行するいわゆる「飛べない鳥」の一種。オーストラリア大陸全域の草原や砂地などの拓けた土地に分布しているが、現生種の1種のみを除いて絶滅したとみられている(Wikipedia「エミュー」より)
鳴き声はオスとメスで違い、オスは「ヴゥー」と低い鳴き声を出し、メスは「ボン……ボボン」とドラムのような鳴き声を出す。メスの鳴き声は繁殖時期が近づく頃がもっとも盛んになる。(同じくWikipediaより)
神聖視しておきながらアレですが、エミューの肉は赤身肉で美味とされ、皮下脂肪は動物油の中でも抜群に優れているそうです。た、食べてみたい(;^_^ A
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本作品は、アボリジニーのアランダ族に伝えられる神話をもとに描いた創作寓話です。
参考文献:後藤明『世界神話学入門』講談社現代新書 pp.103-105
ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!