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15. 銅鑼はけたたましく(アルタ⑥)【花の矢をくれたひと/連載小説】

不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。
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【登場人物】

アビルーパ(愛神カーマ、悪魔マーラ)
魔神シヴァを射る宿命を背負った愛神カーマの化身の1つ。ウッジャイニーに住む司祭バラモンの子息。

ヴァサンタ
春の神ヴァサンタの化身で武士クシャトリヤの子息。アビルーパの親友だが、彼には友情以上の好意を抱いている。

ダルドゥラカ
商人ヴァイシャ家系の子息で、諜報活動員スパイとしてアビルーパの父の僧団に潜入していた。若者同士つるんでいる方が楽しそうという理由でアビルーパの矢捜しに協力することに。

【前話までのあらすじ】

シヴァを射るための3本の矢を捜しているアビルーパとヴァサンタ。ダルドゥラカを仲間に加え、首都パータリプトラにやってきた。ヴァサンタは女装で踊り子に扮装し、宝庫への入り口を守る衛兵をみごとたぶらかした。そしてアビルーパらは別の衛兵を気絶させて身包みを奪った。いよいよ宝庫へと突入する!


15. 銅鑼はけたたましく
(アルタ⑥)


 衛兵に変装したアビルーパとダルドゥラカは、丁字路の直線を王宮から離れる方向へと走っていった。人が辛うじてすれ違える程度の細い廊下、もし侵入が見つかったとしたら、ここからの逃亡は不可能だった。アビルーパは祈った。この先にいる衛兵がせめて1人2人であること、そして先ほど気絶させた衛兵が目を覚まさないことのふたつを。
 廊下の先に光が見えてきて、おそらく宝庫の前室にあたる穴蔵あなぐらだろうとダルドゥラカは予測した。2人は走る速度を緩めると、アビルーパが先頭に立ち、あえて靴音を鳴らし始めた。丁字路の衛兵が落ちる前にそうしていたのを真似たのだった。穴蔵の手前は廊下よりも若干広くなっており、人の手の行き届いていない岩肌がゴツゴツと迫り出していた。ダルドゥラカはもっとも隠れやすそうな一箇所を選んで、岩影に身を潜めた。麻酔薬を染み込ませた布を手に握りしめる。
 アビルーパは交代の衛兵のフリをしてひとり前室へと向かっていく。それを後ろから見届けるダルドゥラカは、視点をうまく変えながら前室の全貌を見て取り、そこでいくつかの異変に気づいた。前室の奥にはやはり宝庫へと続いてそうな扉があった。衛兵は1人だけだ。その横には銅鑼が吊るされており、非常事態に鳴らすものに思われた。前室を照らしているのは廊下にあったよりも大きめの松明、金属の棒で組まれた台座に据え置かれていた。……それだけだった。ダルドゥラカの頭の中の地図では、この洞穴の先には宝庫へ続く道と、首都外へ続く道の2つがあるはずだった。しかし扉は1つしかない。つまり、もしその先が宝庫であったら、ここは袋小路ということになる。《まずいな、相当うまくことが運ばなければ、矢を獲って逃げる前に捕まっちまう》ダルドゥラカの額にじんわりと汗が滲んできた。一瞬アビルーパを止めようかと悩んだが、彼はすでに前室に足を踏み入れたところで、もはや運を天に任せるしかなかった。

 アビルーパは行進をするような厳かな足取りで、扉前の衛兵に近づいて行った。およそ8時間の任務にあたっていた衛兵はこの交代をどれだけ待ち侘びていたことか、アビルーパの顔をまともに確認するような素振りは見られなかった。しかし交代にも形式がある。
「シュクラとブリハスパティに敬礼する*」アビルーパはダルドゥラカから事前に聞いていた合言葉を唱えて、額の前で合掌した。衛兵もそれに応えて合掌で返す。衛兵は扉を前を空けてアビルーパに譲ると、そのまま立ち去ろうとした。アビルーパが扉に背を向けて護衛するていを見せようとしたその時、
「貴様、いったい何者だ!?」衛兵はにわかに振り返ってアビルーパに掴みかかった。
「お前の言葉には民衆語プラークリットなまりがなかった。宰相カウティリヤの定めた合言葉とは似て非なるものだ!」
 アビルーパは胸ぐらを掴まれて一瞬怯んだが、応戦する意を決した。衛兵の腕を掴んで振り払おうとした瞬間、ダルドゥラカが飛び出してきて背中に蹴りを食らわせた。衛兵は不意打ちにバランスを崩しながらも、アビルーパを制止し続けながら振り返った。その体の動きに合わせてダルドゥラカは再び衛兵の背後に回り羽交い締めにした。「アビルーパ!銅鑼の横に吊るされている鍵だ!もう強行突破しかない!」ダルドゥラカは大声を上げつつ両腕をさらに強く締め上げた。「お、お前ら……」肩の痛みに顔をしかめる衛兵。アビルーパは素早く2人から身を離し、銅鑼の吊るされた台に掛けられた鍵に手を伸ばした。
 と、慌てて引っ張ったために、銅鑼もろとも台を横倒しにしてしまった。

『ジャーーーンゥァンゥァンゥァン』
 地下道に銅鑼の音が轟いた。それは丁字路まで届き、身包みを剥がされた衛兵が目を覚ました。研鑽により身につけた技術で素早く拘束を外すと、丁字路に据え置かれた非常用の笛を取り出して思いっきり吹いた。
『ピイィーーーーーーーーーーッ!』
 丁字路で吹き鳴らされた笛の音は、王宮内の衛兵たちまで届いた。また、蓋をされた井戸の先にまで微かに異常を知らせた。ヴァサンタの踊りに夢中になっていた私服衛兵だったが、その音を察知すると急に我に返り、貨幣の入った袋をヴァサンタに投げつけると、急いで井戸の方へと戻って行った。

「やべぇ、衛兵が集まってくるぞ!」ダルドゥラカは手に握っていた麻酔薬入りの布を衛兵の口に押し当てた。まもなくして抵抗の力がフッと抜けたが、それは衛兵の知略で、意識が落ちようとしているフリをしただけだった。油断して緩んだ拘束を振り払おうとした。ダルドゥラカは咄嗟の判断で衛兵の体重移動を読んで、その体を後ろから持ち上げると、地面に強く叩き落とした!
「急げっ」ダルドゥラカが声を掛ける。アビルーパは扉を閉めている南京錠に鍵を差し込んで回すと、ガチャリと音を立てて錠が外れた。押し扉が自由になり、2人は急いで中へと入って行った。
 やはりその場所は宝庫であり、ダルドゥラカは扉を閉じると、すぐさまそこに自身の背中を押しつけた。前室よりもやや薄暗い宝庫、目が慣れてくるとその全貌がようやく明らかになってきた。
 十行十列の抽斗ひきだしを蔵した巨大な棚が2人の眼前に立ちはだかっていた。それは手で引き出せるような簡単なものではなく、鉄柱、歯車、巻き取り機、数字盤などを備えた、機械仕掛けの宝物庫だった。


── to be continued──

次回『花の矢をくれたひと』前編・最終回です

【簡単な解説】

「シュクラとブリハスパティに敬礼する」
『アルタ・シャーストラ』の冒頭に記されるこの文言は、書が神の名の下に書かれたものであることを示しています。シュクラは阿修羅の、ブリハスパティは神々の師で、それぞれ政治論の作者・権威者と見做されています。

参考・引用文献)
カウティリヤ『実利論(上)』岩波文庫

【ご注意】
本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。また時代背景や史実とは異なる点も多々あり、あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。

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