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推しのためなら【舞師と楽師/episode 19.5】
【舞師と楽師/episode】は連載小説『葬舞師と星の声を聴く楽師』のサイド・ストーリーです。 今回は15話で登場した相席の客夫婦を主役にした、20話直前のお話。
【登場人物】
相席妻:ダルワナールの追っかけ(強火)
相席夫:ダルワナールの追っかけ(中火)
ダルワナール:国内人気No.1の踊り娘
アシュディン:無職のため凹んでる舞師
ハーヴィド:ダルワナールの専属楽師
*
闇夜に紛れるふたつの人影があった。
「おい、まずいって、こんなのストーカーだろ? 通報されたらどうする!?」
「何言ってるのよ、意気地なし。これはね〈出待ち〉といってれっきとした〈推し活〉の一環なのよ!」
ダルワナールの追っかけ夫婦だ。ふたりは物陰に身を潜めてじっとその時を待った。
ふと大衆酒場〈魅惑を放つ〉の裏口からひとりの女性が出てきた。
「あっ、出てきたわよ。ダルワナールさまぁ〜〜〜♡」
「あら、あたしのファンかしら?」
駆け寄ってきた追っかけ夫婦を、踊り娘は快く歓迎した。
「はい! サインして下さい!!」
「うふふっ、いいわよ」
ダルワナールは紙とペンを受け取ると、さらりとサインして妻に返した。
「宝物にします! これがあれば私、どんなことでも出来そうです!!」
「どんなことでも? ホントに?」
「もちろんです! ダルワナールさまのためならどんなことでも!!」
ダルワナールの瞳がキラリと光った。
「そう……じゃあひとつお願いをしてもいいかしら?」
「喜んで! 何なりと」
ダルワナールは急に哀しそうな表情を浮かべて、俯きながら話し始めた。
「あなたたちと相席だったふたり組の男がいたでしょう? あの若い綺麗な青年の方に付きまとわれて、困っているの……」
そう言って、どこからか取り出したハンカチを噛みだした。
「そんな、非道い。いくらダルワナールさまが魅力的だからって付きまとうだなんて」
「それでね、少し懲らしめてやりたいのよ……」
ダルワナールが懐から小瓶を取り出した。
「この液体を、彼の食事にちょっと垂らしてくださらない?」
それを見た夫が慄いて声を上げた。
「ひ、ひぃっ。もしかして……毒!?」
「やだぁ、人聞きの悪いこと言わないで。これは下剤よ、下剤。ちょっと脅かすだけよ〜ん♡」
ダルナワールはその瓶を妻の目の前で揺らして《やるわよね?》と瞳で訴えかけた。
「わたし、やります!」
ある晴れた昼時、アシュディンとハーヴィドは外でご飯に来ていた。ハーヴィドが落ち込む青年を慰めるために、テラス席のある店に連れてきたのだ。
「はぁ……」
青年は深いため息をついた。ラウダナ国に来てそこそこ経つのに、未だに仕事が見つからない。やっぱり舞踊なんてやめた方がいいのだろうか?
そこに例の夫婦がこそこそと近寄ってきた。
「おい、お前、本当にやるのかよ?」
「当たり前でしょ! ダルワナール様のためなんだから。あんたも計画通りシッカリやりなさいよ!!」
ふたりは顔を合わせて頷いた。
「あぁっ! ラクダが空を飛んでるぞ!!」
突如、どこからか上がった男の声に、テラス席の一同は空を見上げた。
「どこ?どこ?」「まさかラクダが!?」「なんだよ、いねーじゃねぇか!」
妻はその隙をついてアシュディンの後ろに回り込み、手元のスープに瓶の液体を垂らした。
《ええい、このストーカーめ!!》
彼女は込み上げる怒りに任せて、瓶の中身をすべて注ぎ込んだ。そして何食わぬ顔でスッと立ち去った。ミッション・コンプリートだ。
釣られて空を見上げていたハーヴィドが、ようやく我に立ち返った。
「空飛ぶラクダなんているわけないだろう……ん、アシュディン、全然食ってないじゃないか」
「ごめん、ハーヴィド。俺、食欲ない」
アシュディンは深刻な顔で立ち上がると、申し訳なさそうにその場を去っていった。
「まったく。落ち込むのは仕方ないとしても、食べ物を粗末にするとは何事だ」
ハーヴィドは不機嫌に言いながら、アシュディンのスープを飲み干した。
「ん、なんか俺のと味が違うか?」
その晩、大衆酒場〈魅惑を放つ〉の控え室。給仕の男が厠の戸をダンダン叩いた。
「ハーヴィドさん! もうすぐ舞台が始まる時間ですよ! ダルワナールさんがステージの上で待ってますよ!!」
「む……むり……だ……医者を、医者を呼んでくれ!!」
──fine.──
ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!