見出し画像

スキからラブリーへ【エッセイ】

noteを始めて5年目になる今年の春・夏頃は、僕にとっての人気ピーク期だったと思う。もちろん人気ユーザーさんや幅広く活躍されているユーザーさんの足元にも及ばないのだけど、自分のnote活動歴においては相対的に多くのリアクションを貰ったと感じている。

人気は高い方が良い。単純に考えて、100人に1人の割合で僕の作品を気に入ってくれる人がいるとしたら、新規10000人に見られることは100人のファンを獲得することと同義だ。
そういう意味で「自分の書いたもので人を感動させたい」という気持ちと、「人気者になりたい」気持ちは、行動において背反するものではない。

と、分かってはいるのだが、僕は時々スキをもらうことが怖く感じられたりもする。春夏頃はそのピークだったかもしれない。嬉しい反面、逃げたくもなるのだ。自分の意図とも読者の意図とも離れたところで発生する大きな波にさらわれて、もがくように書かなくてはならない感覚だ。大きな反響からはそんなハレーションを受け取って尻込みしてしまう。
(小さな反響は大好物なのでこの記事には遠慮なくスキをお付け下さい←)

スキの多義性にもいい加減慣れろよ、と思う。けれど僕には狭いコミュニティが合っているようだ(仕事でも大きな組織は合わなかったな……) 自分の言葉が一人歩きしない距離感、一人歩きしても訂正可能な距離感がある。それは相手のリアクションを心地よく受け入れられる距離でもある。
SNS作家は書籍作家と違って「はい、作品を出しました、今後この作品は読者自身のものです」というわけにはいかないのかもしれない。書籍作家もそうかもしれないが、SNS作家の方が妙に距離が近いのは確かだ。そして、目に見えるスキやコメントは、作品をずっと作家の手元に置き続ける。

近年メディア上での活動に復帰された小沢健二さん。歌番組で90年代の大活躍を振り返るVTRが流された後にMCに感想を求められると、苦笑いを浮かべながら答えていた。一言一句正しくは覚えていないけれど「こんなものは無理ですよ!(やや強いニュアンスで)続けられるはずがない。インプットとアウトプットのバランスが悪すぎる」のような言葉だった。

生活の片手間で創作活動もどきをしている僕が、一世を風靡したクリエイターに共感するなど烏滸がましいにも程があるが、活動を休止する前の小沢さんの心情を少しばかり想像できてしまった。アウトプットを要求されることによる焦り、納得のいかないままリリースすることの虚無感、感情・経験・素材を無駄遣いしてしまうのではないかという恐れ…… そんなものたちが渦巻いていたのではないだろうか。

先日、小沢さんがテレビでパフォーマンスしているのを観た。往年の名曲「ラブリー」
最盛期に比べたらやや嗄れた声、手にはギター1本、バックは簡単なリズムとコーラスのみの素朴な演奏だった。ただ昔と違っていたのは、テレビ画面に映る歌詞だった。フッターに定型的に流れるのではなく、画面に方眼紙を映し、そこに歌詞が綴られていた。ときおり文字がはみ出したり、斜めったり、逆さまになりながら。

聴覚と視覚の境界域。字義をはみ出したり転がったりする感情。音楽が文学になる手前、文学が音楽になる手前……そんな言葉を思い浮かべながら、とても楽しませてもらった。
さきほど最盛期と書いたが、90年代のオザケンが世間の言う最盛期だったとしても、それが本人にとって、また作品クオリティにおいて最盛期とは限らない。少なくとも僕には、最近の「ラブリー」のパフォーマンスの方が、90年代のそれよりも胸に刺さった。ノスタルジーを差し引いても、やはり素晴らしかったと思う。

インプット・アウトプットと簡単に言うが、そんな生易しいものではない。インプットに5年かかる難本もあれば、内部で醸成するのに5年かかるコンテンツもある。アウトプットするための技法を成熟させるのに十年単位かかる場合だってある。「充電期間」という喩えは正しい。電気のない機械はどうあがいても動かない。

それでも待ってくれる読者がいるなら、その人はとってもラブリーな人なんだろう。行為そのものじゃなくて、形容詞としてのラブリー。たった1つの無機質なスキの背景にある、その人自身に張り付いたラブリー。僕はそんなラブリーを持つ鑑賞者であり続けたいし、また作家もどきとして、ラブリーなファンをゲットできたらきっとこの上なく嬉しいだろう。

#エッセイ #音楽 #文学 #オザケン

ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!