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守りの呪文

モンスター・カスタマーが現れた!

今日限定で現れたわけではなく、もう数ヶ月前から居ついてしまっている。
カスタマーは、まず手始めに僕の上司に過大要求をぶち込んだ。そして上司を助けるべく参上した僕を突然大声で罵倒し始めた(えっと、僕、まだ何もしてないのですが……)
当然、論理的な、建設的な話し合いなど一切できなかった。
僕は秘技アストロン(体を鉄よりも硬くしてどんな攻撃をも受け付けなくする)を唱え、小一時間耐えたみたところ、その態度が逆に気に入られてしまった。
残念なことに、モンスターは僕の方にすっかり懐いてしまったのだ。
しかし人の気質なんてものは簡単に更生するものではない。カスタマーと接する時は、二重三重のスカラ、フバーハ、マホカンタをかけ、いつだって秘技アストロンを唱える準備はできている(ドラクエネタですみません。ざっくり全て防御系の呪文です)

しかし、再び事件が起こった。今度はその日僕についていた助手さん(便宜的にこう言ったものの、専門職のベテランだ)の些細な失敗を取り上げて騒ぎ始めた。
それは失敗には変わりないものの、正直ヒューマンエラーをゼロにはできないし、助手さんもきちんと誠意ある謝罪もしたようだった。
しかし案の定、カスタマーはその件ばかりを騒ぎ立てて、本題の方は全く進まなかった。
「来なくて良い」と思っている。正直「もう来るな」と思っている。
ただ半ば公共的な仕事をしている意識があるから、自分達からはその言葉を発さないだけだ。

助手さんはすっかり落ち込んでしまい「すみません、すみません」と連呼していた。なんとなく僕がモンスター・カスタマーを手懐けていけそうな雰囲気がある中で、自分がそのチャンスを潰してしまったことを悔しがっているようだった。
その日、助手さんが時間を変えて僕のところに4回目の謝罪に来たものだから、これはさすがにホイミを唱えなければ……と思った。
「これは交通事故です、それも貰い事故。謝りすぎても、気にしすぎてもダメです」
卑近な比喩に効果があるとは思えなかったけれど、そう声をかけてみた。
こんな経験のある年配のスタッフに、僕みたいな若輩者に謝らせる状況を作ったモンスターを心底憎んだ。
ホイミが効いたかどうかは分からないけれど、後日、助手さんはちゃんと復活していた。

責任感は諸刃の剣。
特に仕事のモチベーションや成果が、分かりやすく「人のため」に帰する職種に就いている人は注意が必要だと思う。
100働いて120返ってくる日もあれば、マイナスで返ってくる日が続くこともある。正直マイナスの日の方が多い。
そして、今回のモンスター・カスタマーみたいに、誠意がいっさい通用しない相手だっているのだ。「話せば分かる……」と言ったキャラクターが殺されなかったシーンの方が少ないよね。

モンスター対策。過去の事例の検討、分析。対応策の捻出、多くの人に意味のない断り書き。接遇マナー etc.
そうだよね、もうみんな疲れちゃったよね。
人々の心から優しさが消え失せた。
もう鈍感になるくらいしか生き延びる道はなくて、それすらできない僕らは世界の破滅していく様を為すすべもなく見守るしかないんだ……?
いやいや、世界はそんなことじゃ滅びない!

都合よく転じた性善説などは信じない。博愛主義だってそうだ。
人の性は善などではない。
法が人を統治している世界では、人は根本的にエゴイストである。法を破ってでも得たいと願う欲望が存在していることが前提になっている。
一方で徳(倫理や道徳といったもの)とは、法よりも高い行動規範を要求するものであるから、このご時勢に性善説を信じるのは無理がある。
それは孔子の生きた時代の特別な社会でのみ成立した思想であって、ほんの数百年も経たずに法家らの性悪説に主席を譲ることになる。性悪説を基にした法の概念が、統一王朝を円滑に統治するための礎となった。
法さえ守っていれば(守らせておけば)、あとはどんな風に生きたって良いのだ。飛躍←

でもね僕はやっぱり、ささやかながらも徳っぽいものは積みたいと思う。なぜかって、おそらく、自分個人の感情や魂の救済のために。
そんなもので得することはないし、腹も膨れないんだけどね。
たとえば自分の人生がバッドエンドだったとして、ありとあらゆるものに見放されて路上で天を仰いだ時のことを考える。その時には、あまり喚きたくはないなと思う。人に優しくしたことを「バカだったかも」と軽く後悔しながら、息を引き取りたいよ。静かに、穏やかに。
モンスターだったら、終焉のストーリーはもう変えようがないのに、また喚き散らすんじゃないかな。醜く、惨めに。
……というのはあくまで僕の希望で、モンスターだって静かに逝くかもしれないね。逆に間際になって僕の方が騒いじゃうかも。
結局、みんな好きなスタンスで生きてれば良いよ(元も子もない)。

詩には呪術的な力がある。まったく意味が通らない文章でも、高揚したり、身悶えたり、慰められたりするのだから。
言葉で人を揺さぶることを志すものとして、「交通事故」の喩えはいくらなんでもショボいだろう、と後になってから恥ずかしくなった。助手さんがちゃんと立ち直ったのがせめてもの救い。。。

次のモンスター・カスタマーの来訪までに、スクルト(味方全体の防御力を上げる呪文)を覚えたいと思うよ。
負けません! 勝ちもしませんが!

追記)
古来より日本に伝えられた呪文のうちでいくつか強力なものがあります。それは、
「帰ってク◯して寝ろ!」と
「飯が不味くなるから後にしろ!」
TPOに注意は必要ですが、テキメンに効く場合があるので、ぜひ唱えてみて下さい←

ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!